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技術、産業における「相性」/森谷正規氏

 “技術、産業における「相性」”と言うと、多くの人は“それはいったい何だ”と怪訝な顔をするかもしれない。しかしこれは、日本がこれからも産業、経済で発展していくためのカギとなるべきものだ。
 私は、はるか昔の1980年に、比較技術論という新たな研究分野を考え出して、「日本・中国・韓国産業技術比較」(東洋経済新報社刊 第1回大平正芳記念賞受賞)を著した。当時は、韓国も中国も技術力はとても低く、比較するのに意味があるのかと疑念を持つ人が多かった。だが、これは技術そのもの比較ではなく、技術、産業を生み出す国の風土の比較であり、いわば比較文明論の一つである。つまり、Comparative Technologyであり、Comparativeにかかわる研究としては、他にもLaw、Religion、Languageなど多くのものがある。
 その後、比較技術論の研究を続けてきたが、特に中国に注目していて、最近ではインド、ブラジルなどにも目を向けている。そこで、中国とインドは、比較技術論の視点で見ると、産業、経済の成長可能性に大きな相違があり、インドは中国のようには発展しないと論じている。
 ところで、技術、産業には、異なる面からの比較がある。それは、各種の技術、産業はそれぞれの性格において大きな相違があることだ。乗用車とパソコンはまったく異なっていて、鉄鋼と化学も違いが大きい。
 ここから「相性」の問題が生じてくる。比較技術論の2冊目として「日米欧技術開発競争」(東洋経済新報社刊 1981年)を書いたが、その中で、日本は鉄鋼に相性が良い、化学はドイツに相性が良いことを示した。その理由は多々あるが、端的に言えば、鉄鋼は基本的に製品は変わらず、生産技術の勝負であり、そこで現場が強い日本が力を発揮できた。化学は、いかに画期的な新素材を発明するかにかかっていて、基礎研究に強いドイツが強い力を持っていた。もっとも、時代とともに技術、産業の性格は変わってきて、いま化学では電機製品などへ応用する改良型の新素材が強く求められていて、したがって最近は日本が力を伸ばしてきている。
  最近、インドの経済成長が持て囃されていて、その端緒がソフトウェア産業の急発展とされているが、インドはたまたまソフトウェア産業にとても相性が良い面があったから発展したと認識しなければならない。つまり、1)シリコンバレーにはインド人の優秀な情報関連技術者が大勢いる、2)インドは産業の発展が遅れているので理工系の大卒が余っている、3)道路、港湾などインフラが遅れているが、ソフトウェアは通信回線での受注、納入が可能で他のインフラは不要である、4)インドの大卒は英語ができるので米国企業は発注が容易にできる、などである。
  しかし、せいぜい数百万人規模のソフトウェア産業では、インドのような人口大国は経済成長できない。膨大な量の単純労働力を吸収する電機製品、情報機器の産業発展が成長に必要だが、その労働力の質において劣り、輸送などインフラが不可欠であるこの種の産業において、インドは中国のようには相性が良くない。
  さて、日本の先端的、基幹的な産業が、かつては世界で断然強かったのだが、いまでは韓国、台湾にもリードされて、産業力が低下してしまったと嘆く声が大きい。だがこれは一面しか見ていない俗論であり、それに世間が惑わされるのは大きな問題である。確かに1970-80年代には、日本はほとんどの産業において断然強かったのだが、それは、量産型の産業では、米欧は日本の敵ではなく、まともにぶつかる敵がいなかったからだ。ところが、韓国、台湾、そして中国は、日本と同様に量産型産業の発展を目指して、しかも先端的な産業にも力を注いでいて、そこで日本に立ち塞がる強敵が現れることになった。
 ここで「相性」の問題があらわになってくる。日本はいま、世界市場でテレビでは苦戦しているが、乗用車では相変わらずとても強い。では、テレビと乗用車の違いは何であるか。テレビは製品として、相違は大きさのみであり、性能、品質はどの国が作っても大きな違いは出ない。したがって、非常に優れた製品を作る能力が高い日本の技術力が十分には発揮できないのだ。そこで、価格競争になるが、日本は不利である。
 一方、乗用車は、大きさ、性能、車格などまったく多種多様な製品があり、また性能、品質にとても高度なものが要求され、それに応えることが求められる。したがって、開発、生産の現場における組織力が強い日本が、十分に力を発揮できる。つまり、「相性」の良い、良くないの問題が大きいのである。
  これは大きく見れば、モジュラー型とインテグラル型の相違と言える。部品を調達すれば、どの国でも大きな差がない製品を作ることができるモジュラー型は、日本に相性が良くはなく、多様な高度な数多くの部品を擦り合わせて作るインテグラル型が日本に相性が良く、日本の風土に向いているのである。
  かつては、米国、欧州、日本だけが先進工業国であった。大量生産は、もともとはT型フォードに代表されるように、米国が大の得意としてきた。しかし、時代が変わって、日本の得意技になった。その時代が長く続いたのだが、また新しい時代に入って、大量生産での強いライバル国が次々に現れて、いよいよ日本にとっての「相性」が強く問われる状況になった。
 各企業は、自社の製品が日本に「相性」が良いのかどうか、良くなければ、良い方向に向かうことができるかどうか、真剣に考えねばならない。さらにこれからの事業の発展において、日本の風土に基づく伝統的な力は何であるのか「相性」の良さの基盤になるのはいかなるものかを、しっかりと見極めねばならない。
 それは皆が深く考えるべき重要な課題であるが、私がいま強調しているのは次の二点である。第一は、丹精を込めてひたすら良いモノを作る精神である。第二は、皆で共同して目標に向かって突き進む組織力である。日本人にとっては、これは当然のことであるが、世界各国の技術、産業風土を長年見てきて、この二つの力を国全体として持っているような国はないと断言できる。日本はこうした強さを十分に発揮できる「相性」の良い分野に、全力を投入すべきである。それによって、これからもモノつくりの強さで、世界に立ち向かうことができる。

森谷正規

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