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屋根瓦と瓦博士・人間国宝 小林章男/志村史夫氏

 

 

 
志村 史夫 氏

静岡理工科大学 物質生命科学科 教授
1948年東京・駒込生まれ
1974年名古屋工業大学大学院修士課程終了(無機材料工学)
1982年名古屋大学工学博士(応用物理)
NEC中央研究所、米国モンサント研究所、ノースカロライナ州立大学を経て、30年以上に亘り半導体結晶をはじめとする材料研究に携わって来た。ノースカロライナ州立大学併任教授

著書に『半導体シリコン結晶工学(丸善)』、『ここが知りたい半導体』(講談社)、『ハイテク・ダイヤモンド』(講談社)などの専門書の他に、『ハイテク国家・日本の知的選択』(講談社)、『体験的・日米摩擦の文化論」、『理科系の英語』などの準専門書、『目覚めよ日本』(致知出版社)の評論集がある。
1993年秋、約11年間暮らしたアメリカから帰国後、ハイテク研究の第一線から退き、現在は古代技術、ギリシャ哲学、日本古代史、基礎物理などに輿味を持つ。この分野でも「古代日本の超技術」、「生物の超技術」、「ハイテク国家 日本のアキレス腱」などベストセラー多数。日本刀、たたら製鉄、卸し鉄などの技術思想の現代への再蘇生を訴えている。

 日本を象徴する風景の一つは「甍(いらか)の波」だと思う。

 都会では見ることができないが、なだらかに連なる里の山を背景にした民家集落の屋根瓦たちのやさしい表情が私は好きである。また、古寺や城郭の勇壮な屋根を見れば、屋根が単に建築物の一機能を果たすだけのものではなく、日本の伝統的建造物の外観意匠の重要な構成要素であることもわかる。さまざまな種類の瓦は屋根の主役である。
 
 およそ4年前、私は瓦博士・小林章男氏とひょんなことから知り合ったことが契機となって、「瓦」に大いなる興味を持ち「古代瓦と現代瓦の比較研究」を始めた。一見単純に思える「屋根瓦」であるが、知れば知るほど、その奥の深さに驚かされる 法隆寺に代表される日本が世界に誇る木造古代建築の素晴らしさについては、木を知り尽くし、また、その木を活かし尽くした西岡常一棟梁の著作などにより広く知られている。また、白鷹幸伯鍛冶らの功績により、木造建築に欠かせない大工道具や釘の重要性についても知られている。
 しかし、このような木造古代建築を、年間を通して降雨量が多く、湿度も高い日本の風土から守って来たのが屋根瓦であったことを、私は瓦博士・小林章男氏から学んだ。瓦は、まさに「縁の下の力持ち」ならぬ「屋根の上の力持ち」なのである。

 もちろん、屋根瓦の第一の使命は外からの雨、雪や火などの「攻撃」から建物を守ることである。しかし、古代瓦が果たして来た役割は、それだけではなかった。雨の日は、木造建造物の天井裏から室内の湿気を吸って保湿し、天気になればそれを屋根から蒸発させるのである。つまり、外からの「攻撃」から建物を守るだけの現代瓦とは異なり、古代瓦は「呼吸」し、屋内の湿度調節をすることによって、高温多湿の日本の気候から木造古代建築物を内から守って来たのである。

 日本の木造建築と屋根瓦の役目のことを考えれば、どう考えても、古代瓦の方が現代瓦より優れている、といわざるを得ない。
 例えば、現代瓦は古代瓦に比べ20%ほど重い。その理由は、古代瓦の内部には30%ほどの空隙が含まれているからである(現代瓦の空隙は約半分の15%程度)。実は、この空隙が、瓦を軽くしているだけではなく、上記の「呼吸」を可能にしているのである。古代瓦と現代瓦の性質の違いは、原料(粘土)や成形法、焼成窯、焼成温度などの製造工程の差に起因するものである。

 現代のさまざまな先端技術を駆使して量産されている現代瓦が古代瓦に劣る、というようなことを聞けば、読者は奇異に思うに違いない。しかし、長年「ハイテク」に従事してきた私としては、内心忸怩たるものもあるのだが、瓦に限らず、「現代技術」が「古代技術」に及ばない分野は少なくないのである(拙著『古代日本の超技術』講談社ブルーバックス)。いまも、日本最古の1400年前の瓦が日本の文化財建築を守り続けている凛とした姿を目の前にすると、私はいつも古代の匠の技に畏敬の念を抱かざるを得ないのである。

 私は仕事でいろいろな土地に行くことが少なくないが、注意して眺めると、日本各地には、その土地土地の粘土を焼いた独特の瓦があることに気づく。社寺、城郭、民家など、数多くの文化財の屋根の再建、修復に従事している瓦博士・小林章男氏は、これらその土地土地の瓦を「方言の瓦」という素晴らしい名前で呼んでいる。
 方言は一つの文化であるが、「方言の瓦」は単なる「文化」だけではなく、その土地土地の気象、風土に適した「物」、まさに、長年の歴史と職人の工夫の積み重ねによって醸成された「作品」、いや「芸術品」である。日本の古代木造建築は、このような「方言の瓦」に守られて来たのだ。
 そのような「方言の瓦」は戦後の「高度成長」と共に、日本の各地から急激に消えた。現代社会が要求する「生産性」「経済性」「効率」のために、「規格化」(風土を無視した均一化、均質化)されて量産されるようになったからである。

 瓦博士・小林章男氏は現在86歳であるが、いまも、現役の瓦職人、瓦研究者として、また日本の文化財木造建築物の保存・伝承の中心的人物として、「文化財の建物には、軒裏を腐らすような現代瓦は使えない」と古代瓦、そして、奈良時代から室町時代の末まで最高品質の古代瓦を生み出していた幻の平窯の復元に精力的に取り組んでいる。
 日本の古代木造建築にあって、無言のうちに湿度や温度の調節を行い、外観意匠上も重要な役割を果たして来た日本の瓦をひたすら愛し、当時の瓦職人の情熱と技術を熱く語り、優れた古代瓦の復元に、文字通り命を燃やし続けているのが瓦博士・小林章男氏である。(07/8/3)

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