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2014-03

ミドリムシが地球を救う/ユーグレナ 出雲充氏

《と   き》 2014年1月20日 
《講  師 》 株式会社ユーグレナ 代表取締役社長 出雲充氏
《コーディネーター》 放送大学 名誉教授 森谷正規氏

 

 「イノベーションフォーラム」2013年度後期第4回は、株式会社ユーグレナの出雲充さんの『ミドリムシが地球を救う』というお話であった。

ユーグレナの和名がミドリムシであるが、しばしば青虫と間違えられるというユーモラスな紹介から始まった。これは海藻の一種であり、今はユーグレナが健康食品として広く販売していて評判になっているので、間違える人は少なくなっているだろう。
 この会社の発端から話が始まったが、それは出雲さんが東京大学に在籍中の1998年にバングラデシュを訪問して、貧困に喘ぐ子供たちを何とかしてやらねばというのが、ミドリムシの研究の発端であるという。
 ミドリムシは、59種もの栄養素を持っていて、体内への吸収が非常に良い。これを何とかして大量に栽培出来ないかと、大学院に進んで研究に取り組んだ。このミドリムシ自体は、ユニークな面白いものだと早くから注目されていて、世界で研究者も少なくない。ところが、研究室でごくわずかな量の生産に止まっていた。
 そこで出雲さんは大量に生産しないと意味がないと、苦闘しながら研究開発を続けて、屋外の大型のタンクの中で栽培する方法を考え出した。その苦労話はほとんど無かったのだが、大変な苦労は、大量生産にメドが立ってからである。開発成果を持って、企業化しないかと、さまざまな企業を回り始めた。
 ところが、どの会社も相手にしてくれない。来る日も来る日も会社回りを続けて、それは500社に達した。ついに断念せざるを得ないかと諦め始めたときに、それは面白いと言ってくれた企業が現れた。伊藤忠商事である。メーカーはすべて無視して、商事会社が強い関心を持ってくれたというのは、考えさせられることだ。出雲さんは、この問題を強い口調で言った。
伊藤忠という大企業が企業化を支援するということになると、次々に協力企業が現れてくる。今では、JX日鉱日石エネルギー、日立製作所、清水建設、ANAなどと資本提携して、共同研究パートナーになっている。
出雲さんは、ユーグレナの経営理念を熱烈に語った。「人と地球を健康にする」という大きな理想であり、その具体的な可能性を挙げたが、健康食品の販売は手初めであり、極めて大量の安く作って貧しい国の子供たちに栄養化たっぷりの食糧を提供することが出来る。
 また、水中の成分を取り込むユーグレナの性質を活かして、環境浄化技術が可能になる。
 最も期待しているのが、ユーグレナをバイオマスとしてエネルギーにする、特に目指しているのが航空機の燃料である。現在は、沖縄の石垣島で大量生産しているのだが、まずは石垣島に飛ぶ航空便に利用したいという夢を語った。
学生時代に、壮大な夢を抱いて、ひたすらその実現に向けて大学で研究を続けてきた出雲さんに、皆が感動した。
 それにしても、なにやら良く分からないが大きな可能性を秘めた技術、それに熱中している若者に、大いに賛同する企業が500社に一社では寂しい。これからは増えて欲しいものである。
 なお、ユーグレナは東大発のベンチャー企業であり、本社は東京大学の本郷キャンパスにある。大学発のベンチャー企業が、ようやく本格的に成長し始めた。この問題については、東京大学でこれを推進している各務茂夫教授が、どのような仕組みであり、如何に活動しているかを詳しく話された。大学発ベンチャー企業の可能性に注目したいものである。

(文責 森谷正規)


トヨタプリウスの先行開発を振り返って 元トヨタ自動車 佐々木正一氏

《と   き》 2013年12月19日 
《講  師 》 慶應義塾大学大学院 教授  元トヨタ自動車 佐々木正一氏
《コーディネーター》 放送大学 名誉教授 森谷正規氏

 

 「イノベーションフォーラム」2013年度後期第3回は、元トヨタ自動車で現在は慶応義塾大学大学院教授である佐々木正一さんの『トヨタプリウスの先行開発を振り返って、今後のエコカーへのビジョン』と題するお話であった。 内容は三つに別れていて、プリウスの技術概要、プリウスの開発風土、エコカーの将来技術であった。まずはハイブリッド車の原理と種類であり、トヨタは「シリーズパラレル方式」を採用したのだが、それは機構が簡素であり、また利用する電機部品の将来のポテンシャルが大きいことからであった。プラネタリウムギアを用いるのだが、その機構についての非常に詳しい説明があった。 ハイブリッド車は、発進、通常走行、全開加速、減速制動、バッテリー充電のそれぞれの状態において、動力や電力の伝達が異なるのであり、それを制御するのが大変なことであるのが良く分かった。
 佐々木さんは電気工学の出身であり、電気自動車の研究開発に従事していて、プリウスの開発では最初から加わっていて、トヨタにおいてこの全く新しい車の開発がいかに進められたのかを詳しく話されて、非常に興味深かった。
 その出発は、21世紀の車を目指す「G21」プロジェクトであり、当初はハイブリッド車と決めていた訳ではなかったと言う。経営トップが非常に長期的な視野で未来の車を開発しようという明確な姿勢をもっていて、さすがにトヨタである。
 開発から市販までの大まかな日程を示されたが、驚くのはその短さである。ハイブリッド車の開発チームが発足したのは、1995年の1月であり、量産を開始したのは97年の12月である。わずか3年であるが、一般の新車の開発でも、2-3年はかけているのではないか。トヨタが、ハイブリッド車の開発に全社を挙げて全力を投入したことが推察される。
 その開発の課題は非常に多い。ハイブリッドの機構に加えて、車として十分な性能を発揮させるためにやらねばならなかったことが、次々に出てきた。佐々木さんが挙げられたのは、電池のハイブリッド車に向けての開発、今挙げた複雑な走行状態でのシステム制御アルゴリズムの開発、各コンポーネントの使用限界の明確化と保証、故障時のフェールセイフ機能の付与などである。このような地味に見える開発のそれぞれを高いレベルで達成するのが、自動車の開発である。
このような数多くの開発課題を抱えながら、3年で実現してしまうのであるから、当然ながら開発チームは一騎当千であったのだろう。その能力を佐々木さんは具体的に挙げていた。専門能力に加えて、チャレンジ精神が豊富、高いモラルと責任感、自分が先に進んで挑戦する自主性などである。
 さらに、車の開発でトヨタが採用しているチーフエンジニア制度についても詳しく話された。今は副社長になっている内山田さんがチーフエンジニアであったのだが、その備えるべき能力について、システムインテグレータとしての役割を示された。非常に多くの分野の技術をまとめるインテグレーション、それを各人の意見をうまく取り上げて実行するフレキシビリティが、チーフエンジニアには必要であるのだ。
トヨタの開発風土については、顧客優先、現地現物、なぜなぜ5回、大部屋を示された。なぜなぜ5回というのは、問題の原因追及で、なぜかなぜかと5回も考えるということである。
 エコカーの将来については、プラグインハイブリッド車の重要性を強調され、燃料電池自動車の実用化も近いと話された。
 最先端の車を世界で最初に開発実用化するというチャレンジ精神があり、規模で言えば世界でトップに立っているトヨタという会社の凄さが良く分かるお話であった。

 (文責 森谷正規)

 

クレハのスペシャリティ製品開発とグローバル展開/クレハ 社長 小林豊氏

《と   き》2013年12月12日

《訪問先 》(株)クレハ いわき事業所(福島県・いわき市)
 
《講  師 》(株)クレハ  代表取締役社長 小林豊氏
《コーディネーター》テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長 相馬和彦氏

 

 2013年度後期の第2回は、12月12日にクレハのいわき事業所を訪問した。いわき事業所には、平成20年2月に一度訪れたことがあり、その時には加治久継特別顧問(前副社長CTO)および重田昌友取締役専務執行役員、技術・研究本部長のお二人より、世界オンリーワンの技術開発を目指し、独自技術に拘った自社技術開発によって継続的に実績を挙げてきた技術者の思いと歴史が詳述され、ものづくりに携わる技術者として強い印象を受けた。今回は世界オンリーワン技術の追求による成功と失敗を教訓とし、それを生かしながらグローバル展開することによって、更なる進化と発展を目指すクレハの経営方針をお聞き出来ることを期待して訪問した。

 最初に代表取締役社長 小林豊氏および取締役 専務執行役員 生産本部長 生産本部いわき事業所長 佐川正氏のお二人から歓迎のご挨拶があった。

 クレハは1934年に昭和人絹として創業され、1944年に呉羽化学工業として独立し、その後現在のクレハに社名変更された。生産本部いわき事業所は、多くの製品の製造拠点であり、またR&D本部、エンジニアリング本部など重要機能の拠点でもある。従業員は本体が約1,200名、内研究所に約200名が在籍している。それ以外に、地域医療に貢献しているクレハ総合病院や関係会社に約2,000名が勤務しているので、全体では3,000名規模の陣容である。いわき事業所で、クレハ製品のほとんどの原料が生産されているため、3.11には大きな影響を受けた。従業員の努力により、7月下旬にはフル生産を回復することが出来た。

 歴史的な経緯もあり、いわき事業所は地域との結びつきが強い。そのため、信頼感育成のための努力や投資の継続を続けている。

 次に事業所紹介のDVDを見た。事業所は111.5万㎡と広大な土地にある。塩の電気分解で水素と塩素を製造し、この塩素と塩化ビニルを反応させて塩化ビニリデンを合成する。ここから包装用ラップフィルム(「クレラップ」)、ソーセージなどの食品包装用フィルムなどの製品群が作られる。医薬分野では、ガン治療薬として「クレスチン」を、慢性腎不全治療用に球状活性炭吸着剤(「クレメジン」)を製造している。その他にも、農業用殺菌剤、電気部品用ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)、ピッチ系炭素繊維(「クレカ」)、Li電池用電極(「カーボトロンP」)、などの製品が作られている。

 技術開発を担う組織として、総合研究所、農薬研究所、新材料研究所、PGA(ポリグリコール酸)研究所、加工技術センター、特別研究室などを有している。

 また1995年にはレスポンシブル・ケア(PC)の実施を宣言し、環境・品質、保安・安全、地域社会貢献などにも取り組んでいる。

 ビデオ上映後に、クレハの主要製品である機能材、炭材、医薬について、それぞれの製造部長または事業部長から紹介がなされた。

1.機能材(岩村製造部長)

 フッ化ビニリデンポリマーは耐熱性、耐薬品性、耐候性に優れている。フッ化ビニリデンの重合でhead-to-tail構造を多く含むことが出来るため、結晶性や融点が高くなる。また、脱フッ化水素反応が起こると二重結合がポリマー中に出来るため、接着性も向上する。

 CH3CF2Clの脱塩化水素反応により、フッ化ビニリデン(VDF)モノマーを4,200T/Y、ポリマーを4,000T/Y 、VDFと助剤を水中に懸濁する懸濁重合によって製造している。

 成形品はバルブ、中空糸、Liイオン電池用バインダーに、糸として釣り糸(「シーガー」)に使用されている。

 中国に5,000T/Yの工場を建設中で、2014年に稼働する予定。

2.炭材(増子事業部長)

 石油ピッチをベースとした炭材を展開している。製品としては、リチウム電池用「カーボトロンP」、ガス吸着や水質浄化用球状活性炭(BAC)、血液浄化用球状活性炭「クレメジン」(F-AST)などがある。

 これらの製品は、高耐久性、高入力特性で評価が高く、1,000T/Yおよび500T/Yの製造設備で作られている。

3.医薬(小泉事業部長)

 カワラタケから抽出した多糖類「クレスチン」はガン治療薬として、球状活性炭「クレメジン」は慢性腎不全の治療用に使用されている。後者は尿毒症の防止やインドールなど吸着用への適用拡大などを期待している。

 次いでバスで移動しながら、分析センター、岩塩露天貯蔵所、各種プラント、自家発電設備、研究所、研修センターなどを車中より見学した。クレスチン工場は常時運転せず、必要量のみをその都度生産している。また、電力コスト低減のため、夜は売電で、昼は自家発電で対応出来るよう生産工程を工夫している。

 

 工場見学から戻り、「クレハのスペシャリティ製品開発とグローバル展開 -その軌跡と今日の挑戦-」と題する講演を、代表取締役社長 小林豊氏から頂いた。

 クレハの歴史は1934年の昭和人絹設立に始まり、1939年に東洋紡績が吸収合併して呉羽紡績となり、1944年に呉羽紡績から独立して呉羽化学工業となった。その後2005年にクレハに社名変更した。

 資本金は124億6千万円で、2013年3月末の従業員は単体で1,687名、連結で4,046名である。関連会社は、関東から東北一円に24社が集中している。

 連結売上は、2013年度末の見込みで1,430億円、事業別内訳は機能材23.1%、化学品24.5%、樹脂30.3%、建設・その他22.4%となっている。

 海外グループは、連結13社、持ち分1社、その他2社で、欧州、北米、中国、ベトナムで、樹脂や機能製品を展開している。農業用殺菌剤は自社で作らず、全量引取契約で委託生産している。

 リーマンショックで市場構造が変化し、機能事業は赤字化した。それまでは高機能・高価格の製品で国内事業を開拓し、それをグローバルに展開して来たが、このモデルが成り立たなくなった。高機能・高価格と低価格・そこそこ機能の2正面路線展開が必要となった。そこで目標を、「ニッチ市場でグローバル#1」に変更した。

 過去の経験から、一回作ったものはその時の用途で失敗しても、諦めずに継続することが鍵だと考えている。継続していると、必ず新しい用途が出てくる。

 1952年に塩化ビニリデンに着目し、ダウ社から導入しようと試みた。しかし、ダウ社の技術は旭化成に取られてしまい、それならば自社の技術を作って技術立社しようと決心した。原料となるエチレン、アセチレンの自給を目指して原油分解法を開発したが、当時はナフサ分解法にコストで敵わず、中止するに至った。しかし、そこで培った技術を活用して、炭素繊維、活性炭、Liイオン電池負極などを開発して生き残った。

 機能製品を事業化する場合には、value-chainを分析し、レジンで売るか、成形品で売るかなど、価値を極大化する方法を検討する。付加価値を付けるためには、材料売りに拘らず、最終製品にも進出することにしている。

 ソーセージ用パッケージの事業化では、自社で包装用機械および包装技術を開発し、顧客に技術を教示した。当初はこのやり方で利益が出たが、数年経過すると顧客は他社フィルムを使うようになって旨味が減った。オンリーワン開発者として、損得をどうやって克服して行くかが今後の課題である。

 また過去のオンリーワン技術の開発では、功罪両面があった。原油分解では、困難な開発を行うことで技術者魂が醸成されたが、同時に事業中止による経営危機を招いた。「クレスチン」はそういう会社を経営危機から救ったが、同時に合成医薬での成功を目指して進出した結果、失敗を招いてしまった。成功体験と失敗体験は常に表裏の関係にある。

 このような成功と失敗の経験から、教訓として学んだことは、

①開発チャレンジ精神は、維持・強化する。

②開発製品に対して、市場で勝てるあるいは必要とされる事業シナリオの策定。

③自社単独開発と他社アライアンスをテーマ毎に仕分ける。

 シーズとニーズを適切に出会わせることを目指すが、闇雲にやるのではなく、開発分野として資源、環境、健康に集中し、右顧左眄しない。

 諦めずに継続していてシーズがニーズに出会った例として、PGA(ポリグリコール酸)がある。20年程前にPETボトルのゴミを見て、生分解性とバリアー性のバランスしたポリマーとして開発した。手術用縫合糸の用途は見つかったが、量的には少なく、棄てる容器へはコスト要求が厳しく、採算に合わない時期が続いていた。止めずに継続していた所、米国でシェールガスのブームが起き、この用途に採用されて米国での製造に至った。

 

 今回は講演内容が豊富だったため、質疑応答の時間が割けなかった。質疑はライトパーティーで個別に行うこととし、講演および見学はここで終了となった。

 

 前回のクレハ訪問では、ものづくり企業の根源たる技術開発が、研究開発者を燃える集団に変える具体例をお聞きし、その基本となる技術経営が首尾一貫していることを知り、ものづくりに携わる者としては強い感銘を受けた。今回はオンリーワン技術開発のプラス・マイナスの両面を具体的に知ることが出来、課題を克服しながらプラス面をどう維持・強化していくかの本音もお聞きすることが出来た。

 本年6月の旭化成富士研究所訪問でも記したが、独自技術を継続して生み出す企業の共通点が、今回のクレハ訪問でも再確認出来た。

「成功とは、成功するまで続けることである」(松下幸之助)

(文責 相馬和彦)

 

 

鹿島建設が挑む先端技術開発/鹿島建設 常務執行役員 戸河里敏氏

《と   き》2013年11月28日

《訪問先 》鹿島建設(株) 技術研究所(東京都・調布市)
 
《講  師 》鹿島建設(株) 常務執行役員 技術研究所長 戸河里 敏氏
《コーディネーター》テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長 相馬和彦氏

 

 2013年度後期第1回は、平成25年11月28日に鹿島建設の技術研究所を訪問した。鹿島建設は1840年に創業されて以来、鉄道、ダム(大峯ダム)、高速道路、トンネル(丹那・新丹那トンネル)、高層ビル(霞ヶ関ビル)など日本の経済的発展に必要であった長大橋梁、超高層ビル、大深度トンネルなどの建物やインフラを先頭に立って手掛けて来た。それを支える技術開発のため、1949年には業界初の技術研究所を設立している。

 爾来構築して来た建設技術は、単に最先端の大型橋梁、ビル、トンネルばかりでなく、日本の文化財保存にも威力を発揮している。最近手掛けたプロジェクトには、国宝姫路城の天守閣保存・修理および東京駅丸の内駅舎保存・復元工事がある。

 今回は、同社の勝れた建設技術を開発してきた技術研究所を訪問した。東北大震災の記憶が新しいなか、首都直下型地震や南海トラフ巨大地震で甚大な被害予想が出され、災害低減や安全・安心への関心は極めて高くなっている。今回は巨大インフラの災害低減を含め、建設技術の最新状況および今後の開発方向をお聞き出来ることを期待して訪問した。

 最初に常務執行役員 技術研究所長の戸河里敏氏より研究所概要のご紹介があった。研究所員は258名、内研究員が211名、補助者が13名で、11グループに分かれ、グループ人員は約20名の構成となっている。土木と建築用コンクリートは、別グループ。大型構造実験のため、1984年以来西調布でやって来た大型実験棟をここに新設した。葉山では水関係、検見川では緑化・環境を研究している。

 DVDによる会社紹介の後で、戸河里敏氏より「鹿島建設が挑む先端技術開発-今を拓き、未来を拓く-」と題する講演をお聞きした。

 技術研究所は1949年に設立されたが、業界では初であった。研究技術会議が部門技術開発(DR的)と基盤技術開発(CR的)を束ねている。CRでは、直近の競争力強化と次世代の技術力強化を実施している。現場の技術支援は、年間500件程度ある。

 技術開発の重点分野として力を入れてきたのには、大分して安全・安心、災害低減と環境・エネルギーの二分野がある。

1.安全・安心、災害低減

 1984年の十勝沖地震で、鉄筋の建物が初めて破壊されたため、鉄筋向けの耐震法が制定された。3月11日の東北大震災では、旧耐震建物の補強の必要性が認識され、天井や壁構造の落下対策を業界全体で検討している。長周期地震動は地下の滞積地盤構造に依存するので、継続的観測を行ってチューニングを実施している。

 免震構造は1983年に初めて建物に応用されたが、阪神大地震までは僅か20棟のみしか完成しておらず、新技術が実際に普及するまでの時間の遅れを如実に示している。

 制震構造は1985年に研究が開始され、東日本大震災での測定では、長周期震動を1/2~1/3に減少することが出来た。「怖かった」という恐怖感の減少に効果があった。

 RDMSモニターを開発中。これは地震時の危険度及び地震後の変位有無による使用可否を判定するシステムであるが、未だ不十分な段階である。

 ライフラインについて、被害及び影響分析を行い、対策を支援するシステムを検討中。上下水道については、京大と共同研究を行っている。

 津波実験では、岸壁や石油タンクに浮体が衝突した場合や、防潮堤への影響などを調べている。東北大学のプログラムを利用して、対策技術を検討している。

2.環境エネルギー関連

 Net Zero Energy Buildingの頭文字を採り、ZEBと称する建物の総合的な省エネ対策を実施している。エコ・デザイン、エコ・ワークスタイル、エネルギー・マナジメントで80%、再生可能エネルギーで20%の省エネをし、ZEBを実現する。2011年10月に、技術研究所の本館で実験した。

 ダイレクト送風+個別空調、机上証明+天井照明の組み合わせにより、基準値と比較して62%の省エネが可能となった。これに太陽熱、地中熱、河川熱利用を加えると、補助金があれば投資回収が可能な範囲となった。

 バイオガス利用システム「メタクレス」を霧島酒造に設置した。酒粕のガス化で、40,000㎥/日の供給が可能で、一般家庭5,000軒分に相当するが、原料による変動が大きい。

 風力発電を千葉で、竹中工務店と共同による高炉スラグ利用CO2ミニマム・コンクリートを、いずれもNEDOプロジェクトとして実施している。

3.最近の重点分野

 最近力を入れている分野としては、以下の例がある。

①行動モニタリング

 空間の使われ方を「可視化」する。レーザーモニタリングにより、オフィス活動を計測して可視化する。

②シミュレーション技術

 気流や風環境のシミュレーションや、工事で出る粉塵の拡散に応用している。

③自動化施行

 建設機械の自動運転に応用したい。福島第一発電所で、がれき処理を夜間遠隔操作で運転中。移動のみ(約1.5km)ではあるが、自動運転している。

 技術研究所としては、本質的な課題は何か?を追求し、優れた知恵・知者を集め、解決法を実践することによって今後も進化して行きたい。

 

 スケジュールの関係で、ここで質疑応答の時間を持った。パーティー会場での会話で得られた情報を含め、要旨のみ以下に纏める。

①様々な材料が建設には使用されているが、材料メーカーとの共同研究は実施しているのか? 自動車メーカーなどは、積極的に共同開発をやっているが。

→ 基本は材料メーカーの供給する材料を利用する立場。素材の基礎研究は少ない。以前にアラミドの利用で共同研究したが、旨く行かず、それに懲りて二度とやらなくなってしまった。最初から大規模でやらず、小さく始めたら良かったが。産総研からは、そういう助言を受けている。

②自動運転技術は、コマツや多くの自動車メーカーが開発している。この技術は広く社外から取り入れたら良いのでは?

③建物、トンネル、港湾などに広く使用されているコンクリートの耐用年数はどの位か?

 → 評価と補修の双方が耐用ではポイントになる。高耐久性コンクリートを開発中だが、構造と材料の両方の検討が必要。コンクリート単体では、5,000年前の中国の遺跡に存在が確認されており、コンクリート自体の耐久性は長期的である。米国では100年間、英国では75年間補修しながら持つように設計するのが基本的な考え方である。これに従えば、100年は優に持つはずである。国内で建設後の短い期間に建物が壊されるのは、天井が低くて改修に不便だとか、建て替えた方が早いなど耐用年数とは別の視点で判断されるためである。

④グローバル化への対応は?

 → 国内では鹿島建設は設計と施行を自社やっているが、世界の建設業界では設計と施行は別会社で行うのが普通。そのため、現時点では、鹿島は海外では施行のみ参加している。設計と施行を自社で行うと、設計-施行時の柔軟性、完成物の信頼性に強みが発揮出来るので、これをグローバル化で生かす道はある。

 

 講演終了後、研究所内部を見学した。主な設備は以下の通りである。

①高性能3次元震動台

 2011年1月に三台目の震動台として設置。長周期地震動の再現可能。2階建てに応用可能で、天井、壁のテストが出来る。見学時には東日本大震災時の仙台での震動が目の前で再現され、揺れの凄さを実感出来た。震動台脇に、耐震テスト用の墓石サンプルが置かれていた。

②屋上緑化

 厚さ10㎝の人工地「麗ソイル」が敷かれており、ヒートアイランド防止と断熱効果を狙っている。水辺にはポーラスコンクリートが使用されている。

③コンクリート製品展示

 「サクセム」(Suq Cem)は羽田空港の滑走路用特殊鋼繊維強化コンクリートで、コストは通常製品の20倍する。「エイエン」(Eien)は1週間の炭酸化養生を施し、表面を緻密化したもので、一万年の長寿命化を目標としたもの。5,000年前のセメントを解析して開発した。CO2-Suicomは炭酸ガスを吸収させ、炭酸ガス発生量を減らした。炭酸ガスを固定して硬化するγC2Sを応用した。

③ECC(Engineered Cementitious Composites)

 セメントにビニロン繊維を混ぜたもので、ひび割れを防止する。トンネル内面や高架橋の中性化抑制に効果がある。

④免震減衰ゴム 

 寿命は約60年あり、積層ゴムとオイルバッファーの組み合わせ。研究所建物の地下で見学出来るようになっている。

⑤構造実験

 柱と梁の接合部分の強度試験設備。圧力壁を用いて、反発力の負荷試験を行っている。

⑥遠心模型

 地盤のテストのため、遠心力で重力を再現する装置。最大200G、負荷500kgまで可能。液状化や崖崩れ対策のため、加速試験を行っている。

 

今回の技術研究所では、日本の経済的発展を支えた長大橋梁、超高層ビル、大深度トンネルなどの建物やインフラを、先頭に立って構築してきた鹿島建設の技術開発思想および開発現場を見学し、日本の建物やインフラの基礎に存在する安全や安心が納得出来た。

同時に、東北大震災で被った人為的な被害や、首都直下型地震や南海トラフ巨大地震で予想される甚大な被害に対しては、国として危惧の念を持たざるを得ない環境にある。国家的な大災害は、一企業だけが責任を負うことは出来ないが、建物やインフラの安全性については、建築に携わる企業への期待は大きい。材料や工法、さらには災害時の救済システム開発など既に着手している状況を知り、その期待は確認出来た。

 建物やインフラの安全性向上には、講演で戸河里氏も再三述べているように総合システムの構築が必要である。過去の苦い経緯はあるにしても、素材や材料開発については材料メーカー、自動運転については重機・自動車メーカーなど、技術やノウハウを有する他企業との共同開発が少々少ないのが気になった。液晶テレビ、携帯電話、リチウム電池、自動車などの技術開発では、素材メーカー、部品メーカー、最終製品メーカー間の密接な協力で総合力が発揮されて来た。建設業界でも、その点での更なる一歩を期待した訪問となった。(文責 相馬和彦)

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