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2007-11

有機EL発光材料開発の軌跡

と き :2007年10月10日
会 場 :出光興産株式会社 中央研究所
ご講演 :電子材料部EL開発担当部長 EL開発研究所 所長 細川地潮氏
コーディネーター:LCA大学院大学 副学長 森谷正規氏
 

 「21世紀フォーラム」の第二回例会では、千葉県袖ケ浦市にある出光興産の中央研究所を訪問した。内房線の姉ヶ崎から車で20分ほど、広大な丘陵地の中にある。有機EL発光材料を開発した主幹研究員である細川地潮さんの講演が今回の主題であるが、研究所もご案内いただいて、さまざまな研究成果を見せていただいた。
   有機ELはいま注目のディスプレイである。液晶とプラズマの大画面テレビが普及の時代に入っているが、長期的にはより有望であるのが、有機ELだと言われる。きわめて薄くできるのが最大の特徴だが、明るくて画質が優れているとされる。これまで携帯電話機などの小型のディスプレイは実用化されているが、ソニーが有機ELテレビの市販を開始すると発表して、話題が広がっている。
 細川さんのお話は、「有機EL発光材料開発の軌跡」と題するものであり、さまざまな困難を乗り越えて、いかにして実用化への道を切り開いたのかという、チャレンジの物語が中心であった。細川さんは、1986年に出光の研究所に入って、大学は物理学の出身であるが、化学分野の開発である有機ELに取り組むよう命じられた。それは後にノーベル賞を受賞されたこの分野の権威であるヒーガー教授の「有機電子材料の研究のためには、物理の人間が必要です」とのアドバイスがあったためである。その当時注目されていたのは無機電子材料であり、海のものとも山のものとも知れない有機発光材料になぜ自分が取り組まねばならないのか、細川さんは疑問を抱いたが、入社歓迎会で「物理と化学が融合する研究開発をしていきます」と宣言して、この困難な開発に果敢に挑戦した。
    有機ELの原理から始まって、専門的な内容の詳細にわたる開発の経緯を詳しく話されたが、それはなかなか理解が難しかったものの、困難な壁を10年を越える長年の努力で突破してきた情熱はひしひしと伝わってきた。まずは、研究開発を開始して初期のころの87年9月に、青色発光材料ジスチリルアリーレンを用いて、明るい部屋でも見える青色発光に成功したことが、成功体験として非常に大きかったという。研究室長は、「青色は大切なのです」と研究所長、研究開発部長に訴えてくれて、大いに意気が上がった。小さい成功ではあるが、自信につながるのであり、初期にともかく何らかの成功をすることの意味は大きい。
 その成果を基に、まずは何とかしてより明るくする、つまり輝度を上げることに全力を注いだ。積層型を試みて2000cd/m2以上の高輝度を出すという成果を上げたが、1時間で輝度は5分の1に下がる。そこでドーピングによって長寿命化しようと試みて成果が上がるとともに、白色が出るという新たな成果もあった。そして青色発光層に青色蛍光分子をドーピングするという方法に思いついて、高輝度で安定した発光を実現することができた。それによってディスプレイの開発が可能になったが、それは1995年であり、10年近くの歳月が過ぎていた。
   この世界でも稀な開発成果に細川さんは自信をもっていたが、ある会合で課長が言った言葉に愕然とした。「今のままでは、君らは人夫以下だ。人夫は日銭を稼ぐが、君らは日銭を使う。」その言葉に反発して、何とかして商品化しようと全力を尽くした。幸いにもカーオーディオメーカーの開発陣と出会って、青と白の発光が注目された。カーオーディオのディスプレイは青か白でなければ売れないという。乗用車に必要な耐熱性の向上など実用化のための開発に努めて、世界初の有機ELディスプレイの実用化に成功したのである。1999年のことであった。
 これは、きわめて困難な革新技術への挑戦の事例である。可能性がなんとか見えている技術ではなく、ほとんど見えないまったくの革新技術の開発がどのようなものであるのかを如実に示してくれた。私は細川さんに次のような質問をした。長年にわたった研究開発の間に、はたしてものになるのかどうか、ものにならなかった場合は自分はどうなるのか、不安に駆られることはなかったのか、会社側から先の見えない役に立ちそうもない研究だとして続けることへの圧力はなかったのかと。やや意外ではあったが、それなりの研究成果を上げればよいと不安はなかったという細川さんの答えであった。また会社からの大きな圧力もなかったという。。
   これは、基礎的なところから始まって相当に長期にわたる革新技術の研究開発のあり方における望ましいかたちと言える。研究者自身も、会社も長期にわたってじっくりと待ってこそ、やがて成果は生じてくる。またこの場合は幸いにも成功したが、ついに成功には至らないというケースも多いはずである。有機ELは、いまでは非常に多くの企業が研究開発を行っているが、そのほとんどは、先が見え始めてからである。この出光の有機EL研究のような例は、多くはなくとも日本の研究開発にぜひとも必要であり、少なからぬ企業がまったくの革新技術にゼロから挑戦するよう望みたいという痛切な思いがした。

森谷正規

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