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2009-08

東芝の研究開発、選択と集中

と   き : 2009年7月17日
訪 問 先 : (株)東芝 磯子エンジニアリングセンター
講   師 : 取締役 代表執行役副社長 田井一郎氏
コーディィネーター:相馬和彦氏 (元帝人(株)取締役 研究部門長)

 2009年度前期「異業種・独自企業研究会」の第4回は、平成21年7月17日に、東芝の磯子事業所内にある磯子エンジニアリングセンターおよび電力・社会システム技術開発センターを訪問した。東芝は、従来原子力と半導体事業への集中投資を行なってきたが、本年6月末に発足した新体制下では、原子力事業を軸とした成長軌道を目指している。原子力事業では、2006年度に米国のウェスチング・ハウス(WH)の買収を果たし、原子力発電プラントの建設実績シェアでは世界のトップメーカ-となった。東芝の原子力技術は歴史も長く、かつ技術的にも優れており、本研究会でも長年に渡って訪問を希望してきた。また、米国や中国を中心にして、原子力発電の建設計画が相次いでおり、東芝・WHグループの今後の発展戦略には大変関心が高く、貴重な示唆が得られるとの期待を持って訪問した。
   最初に磯子エンジニアリングセンターの概況について、岩本佐利センター長より説明がなされた。東芝の各事業グループの売上比率は、デジタルプロダクツが34%、電子デバイスが19%、社会・インフラが33%、家電が9%、その他が5%で、世界全体で15万人を雇用している。磯子エンジニアリングセンター(IEC)は社会・インフラ事業グループに所属し、開発・計画・設計から建設・試運転・運転サービスおよび保全まで、原子力プラントに関わるすべてのエンジニアリングを担当している。原子力発電のメリットは、第一に使用エネルギーの寿命が長いことであり、石油が42年、石炭が133年、天然ガスが60年と言われている中で、ウランのみで100年、使用済みウランを再利用すれば3000年の寿命が期待されている。第二は炭酸ガス産出量が少ないこと。第三は、単位発電当りの建設コストが他の代替エネルギー対比安いことで、発電量100万KW当りの建設費で比較すると、原子力では3000億円、太陽光では6~7兆円、風力で1兆円とメリットは大きい。そのため、全世界で原子力発電所の建設計画が進行している。
   国内では現在53基の原子力発電所が稼動しており、更に3基が建設中である。東芝は1966年に原子力事業を開始して以来、現在までに22基の建設実績がある(WH分は含まず)。技術形式で分けると、沸騰水型(BWR)が32基、加圧水型(PWR)が21基となり、BWRの方が多い。BWRはWH社の得意技術であったが、同社の買収により、東芝は自社技術であるPWRに加え、BWR も入手したことになる。現在までに世界で432基の原子力発電所が建設されたが、東芝とWH社を合わせると112基となり、トップのシェアを占める。
原子力事業は、発電所の計画・設計に始まり、必要な大型機器の調達、発電所の建設・試運転、更には保守まですべてを含む総合システム事業である。
   次に電力・社会システム技術開発センターの概況について、前川治センター長より説明があった。本センターは社会・インフラ事業グループの研究開発を担当し、原子力・火力・水力用発電技術、変電技術などを含め、様々な社会・インフラ事業グループの要素技術を開発している。もう少し詳しく言うと、原子力技術分野では、次世代のBWR・PWR技術、高速炉技術など、火力・水力技術分野では、蒸気タービン、タービン発電機、水車など,系統変電技術分野では、高電圧・大電力試験技術、変電機器解析技術、スマート・グリッドなど、産業・電機技術分野では、列車制御技術、高速エレベーター、二次電池(SciB)、固体絶縁スイッチギアなど、社会システム技術分野では、上下水道システム、画像処理、省力自動化、通信などの技術開発を行なっている。
   最後に取締役 代表執行役副社長の田井一郎氏より、「東芝の研究開発 選択と集中」と題した講演いただいた。
東芝の技術の遺伝子は、創業時代の二人の人物に遡ることが出来る。一人は田中久重で、弓曳き童子、万年灯、万年時計など次々に発表し、その巧みな技から「からくり儀右衛門」と称された。もう一人は発熱球を作り、「日本のエジソン」と言われた藤岡市助である。
   田中久重は1875年に田中製造所を設立し、これが1934年に芝浦製作所となる。一方藤岡市助は1890年に白熱舎を設立し、これは1899年に東京電気となる。この二社が1939年に合併して東京芝浦電気に、1984年に東芝となった。
設立以来技術開発は重視され、そのための組織が時代時代に存在したが、1942年に綜合研究所が設立され、初代所長には本多光太郎博士が招聘された。その後研究所の統合や再編を何度か経て現在の組織となった。
売上は連結で6兆6千億円、従業員は15万人に達し、デジタル、電子デバイス、社会・インフラ事業グループが社内カンパニー、家電事業はグループ子会社となっている。研究会開発組織としては、社内カンパニーは各カンパニーに技術センターを有し、それ以外のコーポレート研究組織として、生産技術センター、研究開発センターなどのセンターが設置されている。研究開発費としては、売上の5%が基準となっているが、昨今の不況の影響もあり、2008年は5.68%、2009年は4.57%と多少変動している。
   東芝は創業以来オリジナル技術を継続して産み出してきたが、その歴史を振り返って見ると、オリジナル技術を産み出すための条件があるのではないかと思っている。それらを列挙すると、①新しい技術が出るためには、伏流があり、突然産まれるわけではない。②合議で産まれるのではなく、1~2名のこだわりが原点となっている。③事業側は新しい技術に対して冷ややかなのが普通なので、先取りして評価することが必要である。④試行錯誤の繰り返しを許容するマネジメントが必要。一度失敗したからと言って、根絶やしにしてはいけない。⑤実証には8~10年はかかることを覚悟する。
研究開発としては、社会を変革するようなインパクトのあるイノベーションを目指しているが、その候補の一つとして超解像技術がある。これからインパクトが出てくると期待している。イノベーションを実現するためには、開発だけでない三つのイノベーションを組み合わせる必要がある。これを”i3”(イノベーションの3乗)と称しているが、それは開発のi(イノベーション)x営業のi(イノベーション)x生産のi(イノベーション)が相乗効果を発揮したときに本物のイノベーションになるということである。
   これからの事業発展のためには、海外の売上を現在の55%から70~80%に引き上げる必要がある。そのために、海外数箇所に研究所を設置し、大学との連携やスカラーシップ、フェローシップ、研修などを通じて海外人財との交流を深めている。
   田井副社長の講演終了後、質疑応答の時間を持った。いくつかの質問が出たが、中心になったのは、原子力発電の安全性に関するものだったので、以下に複数の質問に対する回答を纏めた。
原子力の安全に対する国内での反応には、感情的な面が強い。あれだけ原子力が普及しているフランスでは、全く安全性は問題にされておらず、田園風景の中に原子力発電所が自然の一部でもあるように溶け込んでいる。原子炉は、必ず岩盤まで掘って設置するため、地震があっても揺れは最小限に抑えられ、そのため原子炉は地震の際に最も安全な避難場所とさえ言って過言ではない。地震の際に報告される事故は、原子炉ではなく変電などの付帯設備で起こり、これら付帯設備の耐震基準は原子炉の厳しさとは比較にならない。
フランスでは、あらゆる条件での事故の可能性を実験しており、そのデータは国際的に大変役に立っている。また、原子炉では多量の水を使用するので、その処理技術や、放射性廃棄物の処理技術などでは更に改良・改善を行っている。
 次いでグループに分かれて、工場見学に移った。筆者の属したグループによる工程見学順に見学内容の概要を述べる。
①展示コーナー
小学生が理解出来るレベルで作成したとのことで、可動模型が多く、素人でも理解し易い配慮がなされていた。原発の発電効率は約35%であり、火力の50%強に比べと未だ改良の余地がある。原子炉は岩盤まで掘って据付けるので、岩盤の浅い海岸縁が設置場所としてどうしても多くなり、関東ローム層のような場所は適さない。様々なカットモデルが並んでいたが、モデルの例を挙げると、タービン、格納容器、リアクター、制御棒駆動、インターナルポンプ(炉水がポンプの中を回るため、5年に1回のチェックで良い)、高レベル放射能廃棄容器、などがあり、複雑な構造が理解し易かった。
②インターナルポンプ綜合試験設備
インターナルポンプの性能試験設備。脇を通過した。
③原発メンテ技術の開発とテスト施設
以下のような様々の技術開発内容の紹介を受けた。
・原子炉の実物大模型。プールは30mの深さがある。実際の使用と同じ純水を使うこともあり、そのための純水製造設備も所有している。
・放射線モニター装置。細管内の汚染を検知。
・超音波診断装置。運転中に診断可能。
・計器のオンライン状態監視技術。
・画像処理を応用した目視検査技術。画像を超高解像度化して判定する。
・水中移動ロボットによるアクセス技術。
・レーザー利用の検査、保全、補修技術。
・レーザー保全技術。水中レーザー溶接を使用。
④ナトリウムループ試験設備
高速炉は常陽、もんじゅで実績がある。600℃に加熱したナトリウムを使って多様な試験が可能な設備。ナトリウムの流量は0~1㎥/minであるが、これを10㎥/min程度までアップする計画。タンク内には、フランスから購入したナトリウムが8トンほど入っており、アルゴンを封入している。液体ナトリウムの物性は水に近いので、水での代替テストはかなりの程度可能。材質テストはこことは別の設備で実施している。
 東芝の原子力技術には定評があり、長い間訪問を希望していたが、今回田井副社長のご厚意で幸いにも実現した。講演および見学は期待を裏切らない内容であった。原子力技術の深さと広がりを実感出来たばかりでなく、それらの技術開発を可能としてきた東芝の歴史的な技術開発思想やカルチャーにも触れることが出来た。
特に新しいオリジナル技術開発を可能とするために必要と田井副社長が指摘され5つの条件は、研究開発経験者には極めて合理的かつ論理的に納得出来るものであったが、それをどのような経営環境においても継続して実現することは簡単なことではなく、それを可能にしてきた技術者集団の意志の強さと、それを許容してきた経営者の度量には敬服した。
 原子力発電は、資源の乏しい日本にとっては必須のエネルギー確保技術であり、またこれは世界的にも似たような傾向にある。WH社の買収により、この分野で世界のトップ企業となった東芝が、技術開発の面でもビジネスの面でも、今後も継続してリーダーシップを発揮して行く事を強く願って磯子事業所を後にした。

(文責 相馬和彦)

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