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2010-12

IHIの航空宇宙事業:航空産業が直面している変化、今後の動向 – 石戸 利典氏

と   き : 2010年12月07日

訪 問 先 :IHI空の未来館(東京都昭島市)、瑞穂工場(東京都西多摩郡)
 
講   師 :(株)IHI常務執行役員 航空宇宙事業本部本部長 石戸 利典氏
コーディネーター:(独)国立科学博物館 理工学部科学技術史グループ長  鈴木 一義氏


  異業種・独自企業研究会の2010年度後期 第3回例会は、平成22年12月7日、東京都昭島市にあるIHI 空の未来館、東京都西多摩郡の同社航空エンジンの主力生産拠点である瑞穂工場を訪問・見学し、(株)IHI 常務執行役員 航空宇宙事業本部長 石戸利典氏より「IHI のジェットエンジン事業:今日に至る軌跡と今後のヴィジョン」と題してご講演いただいた。

 今年は日本の航空史100年。IHI はわが国初のターボ・ジェットエンジン「ネ20」を生んだわが国航空エンジンのパイオニアで、今日、わが国ジェットエンジンの60~70%のシェアを持つ。又、IHI はわが国の宇宙開発にも当初から参画し、2000年、日産自動車の防衛宇宙部門を吸収し、今日では固体燃料を用いるロケット本体に加えて、エンジンの心臓部、技術的にも最困難といわれる液体酸素、液体水素用ターボポンプはここ瑞穂工場で生産されおり、IHI は宇宙ステーション建設で日本初の有人施設・宇宙実験棟「きぼう」の船外プラットフォームなどの開発・生産を分担している。IHI の航空宇宙部門の売上は、今日全体の22.6% を占めている。

 航空機エンジンの特質は
 ① 高付加価値産業、かつ研究開発集約型産業であること。
 ② 一つのエンジンは30万点という部品で構成され、それらは他産業に広く応用、活用される
  高度技術であること。即ち、裾野が広く活用される先端高度技術あること。
  例えば、現在大きな市場となっている産業用ガスタービンは、60〜70 年代に航空エンジン
  で開発された先端技術が産業技術として応用された例。

 今年2010年6月13日、7年60億kmの旅を終えて帰還した‘はやぶさ’を打ち上げたM 5 ロケットと帰還カプセルの設計、製造はIHI によるものであった。
 又、この固体燃料を用いるロケットは、小型の衛星、科学衛星の打ち上げに非常に適しており、併せて、宇宙衛星の小さな推進系・スラスターも、今輸出の可能性が大きく見えてきて、今後の日本の新たな輸出事業としても大きな発展が期待されている。
 なお、今年、‘はやぶさ’ を打ち上げたM5の後継固体燃料ロケットとして ‘イプシロン’ の開発がスタートし、平成25年に打ち上げの予定であるという。

 今回は、このような観点から、IHI の航空宇宙事業を通して、今後の日本の新たな希望と可能性を探る機会とさせていただこうとしたものである。

 

 当日は、東京都昭島市のIHI 昭島事業所に集合し、先ず同社の「空の未来館」を見学させていただいた。

 IHI が開発したわが国初のターボ・ジェットエンジン「ネ20」は、残念ながら、今、東京上野の国立科学博物館で開催中の「空と宇宙展」に貸出し展示中で見られなかったが、資料館長 宮本謙三様の名ご解説を得て、わが国における航空宇宙の歴史を歴代のジェットエンジンの実物展示を通して、目の当たりにさせていただいた。その後、瑞穂工場へバスで移動し、瑞穂工場におけるジェットエンジンの組立て、整備状況を具に拝見させていただいた。

 見学後にご講演いただいたIHI 常務執行役員 航空宇宙事業本部長 石戸利典氏に依ると、IHI は
防衛省が使用する航空機の殆どのエンジンの主契約者で、その生産を担っているという。
又、大型から小型まで、各種民間機用エンジンの国際共同開発

事業にも参画し、エンジンモジュールや部品を開発、供給し、
今、環境にやさしいエンジンの必要性と環境に対する企業責任が高まる中、種々の最先端技術を活かした次世代エンジンの研究開発を進めている。そして、これらエンジンの開発、製造技術を活かして各種エンジンの整備にも取り組み、アジアにおける航空エンジンのメンテナンス・センターとしても、
今日高い評価を得ている。

 IHI における航空宇宙部門全体で占める売上高ではジェットエンジンが大部分を占め、宇宙関係も若干入る。
 事業部門としては防衛・民間関係、この瑞穂を起点とする整備事業、そして宇宙開発事業、技術開発センターと生産センターがあり、この生産センターの下に4つの生産工場がある。 

 IHI は、平成12年、日産自動車の防衛宇宙部門を吸収し、現在キャスティング、マスターメタルなど素材関係の会社も保有して、防衛庁の戦

闘機、練習機、対潜哨戒機、ヘリコプター等のエンジンは殆ど全てライセンス生産している。又、民間機については国際共同開発に積極的に参加している。

 ところで、IHI の航空宇宙関係の生産工場は4つある。
 今回見学させていただいた瑞穂工場ではエンジンの組み立てと最終試験、又、様々な研究開発用の設備も持っている。又、管理業務、エンジニアリング部隊は昭島に、部品生産部門を相馬に移しており、今、福島県の相馬工場がIHI の航空宇宙関連の‘ものづくり’の中心になっていて、相馬はここ数年、毎年1つ建家をつくるという勢いで増産に対応しているという。

 呉工場は戦艦大和を建造した呉の旧海軍工廠の一角にあり、30年前、航空エンジンの大型部品を造る工場として立ち上げた。今も元気にやっている。

 航空機の心臓部はエンジンで、エンジンというのは推力だけでなく、航空機の中で使われる全てのパワー、例えば機体やエンジンの様々な制御や駆動、加圧空気を機内に送り込んだり、航空機に使われている全ての電源はこのエンジンでまかなわれている。

 因みに、軍用エンジンと民間用エンジンの差はどこにあるのかというと、先ず軍用エンジンは毎秒1000メートルという高速でジェットを吹き出して、超音速の飛行を実現する構造になっている。一方で民間機用のエンジンは、大きなファンと称する空気の圧縮構造を持っていて、毎秒300メートル程のジェットを吹き出して、高効率の飛行を実現する構造になっているそうである。

 日本の航空産業は、戦後7年間、全ての活動を禁止された。しかし、先輩たちはその空白の時期を乗り越えて、禁止令が解かれるや直ぐに60年代から、先ずは 練習機用エンジン、そして航空機の研究開発、生産を始め出したのだということである。そして、戦後間もなく始まった国産エンジンと航空機は、研究を含め、IHI が委託されて来たケースが多い。

 航空機エンジンというのは、大体15年に1回位ずつ新しいエンジンに切り替わってきているのだそうである。

 日本も、今、技術実証用の戦闘機用XF5エンジンの試作を始めており、機体の方も、今、三菱重工が技術実証用であるがつくろうとしている。2011年〜2012年辺りに飛ばす予定との話だった。又、現在、日本の海で防衛上非常に重要になっている対潜哨戒機は川崎重工が主担当で取り組んでいるが、このエンジンを純国産でIHI が主担当で開発中だ。ゆくゆくは、世界最先端の戦闘機用エンジンも日本でやろうと、今、色々な研究会を立ち上げているところだということであった。

 世界全体を見ると、航空エンジン分野のシェアはアメリカのGEとUTCのプラット アンド ホイットニーの2社と英国のロールスロイス、このビッグ3が大きなシェアを占め、次にIHI の名前が出て来る。航空分野の年間売上は全体で7兆円程だというが、その3兆円位は防衛関連。民間だけでいうとIHI のシェアはもう少し上って来るそうである。しかし、出来れば、数年の内に民間航空機分野で全体の約10%のシェアをIHI で持てるように努力しているということであった。

 ところで、事業の特質で、とくに技術面でいうと空を飛ぶということから安全性確保への極めて高い信頼性が求められる。地上と上空では温度も相当違い、エンジン内の高温など、広い範囲をカバーしなければならない。ジェットエンジンの技術は、高温、高圧、高精度がキーワードといわれている。これをきちっとコントロールする、或いはこれらに耐えられる高度技術が必要になる。
 従って、ここでは開発リスク、事業リスクが大変大きく、開発費も莫大となり、中型機、大型機を問わず、今1つの新しいエンジンを開発しようとすると1000億円以上掛かる。従って、ジェットエンジン事業というのは、そのような莫大な開発費を完全に回収し切る、エンジンでいうと開発に5年掛けてその後量産に入り、色々補用品を買ってもらって利益を出す、投資を回収するには20年掛かるという、壮大な事業である。
 逆に見るとこれは参入障壁であるといえなくもない。従って、世界で航空エンジンを実質的にやっているのはアメリカとイギリスとドイツとカナダ、それと日本だけである。韓国、中国もやれていない。巨大な開発費と長期にわたる開発期間を要するので、エンジン事業というのは相当な覚悟がないと始められない事業である。

 世界との技術比較では、モジュールなり個々の部位ではIHI は既に世界レベルにあるが、全体を纏めるということではまだ一歩ということであった。又、防衛用エンジンでは、唯一、戦闘機用のアフターバーナー、後ろで燃料を再度吹き込んで再燃焼させ、秒速1000メートル以上で吹き出すという所のエンジンを、まだ量産で防衛庁に収められていないというところが、もう一歩世界に遅れを取っているところであるという。
 個々を支える技術、例えば空気力学的な技術、材料技術、騒音・環境技術、これらの技術はここ10〜20年で非常に進歩してきているという。空気力学的な技術開発のとこの非定常3次元解析では日本は世界一のレベルで、この領域では日本は世界をリードしている。材料や環境技術においても相当独自の良い技術を生み出して来ている。

 それから航空機全般についての技術トレンドについていうと、燃料消費率、いわゆる燃費が、この40〜50年間で1/3になったという。この半分以上はエンジンの進歩によって達成出来たものだというが、エンジンの燃焼効率は既に理論限界に近づいているという。
 又、効率化ばかりでなく、軽量化。航空機は軽くすると燃費が良くなる。従って、航空機に取って軽量化は大変重要な技術的課題であり、更なる軽量化に努力している。
 更に、最近航空機のジェットエンジンの音が静かになってきた。そして、信頼性は航空エンジンの命であるが、これまで1000時間の飛行で双発飛行機のエンジンの片側が何かの理由で停止する率は0.1とか0.2という時代が長かったが、最近は1000時間で0.01というようなオーダーになっている。これは、100万時間飛んで1回片側が止まるかどうか、という信頼性である。

 この信頼性設計技術が航空機産業で最も進んでいる領域である。又、高圧化するとNoxを下げるのが難しくなるが、その中で色々工夫をしてNoxを下げてきている。

 前に航空機エンジンの開発費は約1000億円掛かると紹介したが、これを1社或いは1国で持つのはとても不可能で、リスクも大きいので、今では国際的な共同開発が今日の航空機業界でのコンセンサスになっている。
 こういう共同体制を組むと、5ヶ国もあると意思決定が遅くなったり、色々問題も出て来る。そこで、航空機業界では、リスク アンド レベニュー シェアリングパートナーという制度を持ち、例えば親がGEなりプラット アンド ホイットニーだとすると、その下にシェア20% なりで入って、実質的に開発なり設計なりはIHI であればIHI が全部リスクを背負ってやるけれども、最終的な顧客への売り込みとかはこの親会社がやる。このような仕組みが、ここ20年位多く使われてきているという。勿論、それ以外に単純にサプライヤー契約で‘ものづくり’だけをやる、例えばIHI でいうと、呉工場は2〜3メートルという長い、非常に高精度のシャフトをつくっているが、世界中の企業からこのシャフトをつくって欲しいといわれている。このような場合には、割り切って‘ものづくり’で参加する。リスクの取り方、リターンの得方など、それを色々組み合わせてやって行くのが、今の航空業界における経営の時代の要請になっている。

 航空産業には今大きな変化が押し寄せている。IHI が前側を担当し、瑞穂工場で今最も多く整備を手掛けているV2500エンジンに今後継エンジンの話が出始めており、これまでチタン材が主だったケースなどの材料をFRPに、羽も出来れば複合材にというようにで、20〜30年の時代を経て、いよいよ材料が全て変わるかも知れない時代に入って来た。
 又、これまでの航空ネットワークはハブ アンド スポークスといって、主要な大都市から地方都市へスポークのように飛ばせるというやり方が普通だったが、今後はポイント トゥ ポイントといって、中小の都市間をダイレクトに飛ぶという方向に大きく変わろうとしている。その場合は余り大きな飛行機はいらない。今後の旅客機は70〜90席が中心になるといわれ、これが1990年代の半ばから世界中で伸び始め、そこにIHI のCF 34というエンジン、これはGEとやってIHI が30%のシェアを持っているエンジンだが、この売れ行きは非常に良い。三菱のMR Jは正にこの市場に挑戦している航空機なのである。

 航空機産業の今後の動向と取り組みであるが、石戸航空宇宙事業本部長はとくに民間用エンジン産業で起きつつある変革として、カストマーオリエンテッドの方向を強く指摘した。今後、エアラインと一緒に色々仕事をして行くことが増えて行く。
 例えば、エンジンの開発段階からJAL やANA に見てもらうとか、或いは注文をつけてもらうとかいうことは既に自然に行われるようになっている。
 当然ながら、エアラインに取ってのライフサイクルがどうなるかも最初から計画が出来るようにして、それをどう実現するかということで色々なエンジンの設計、整備計画、そのようなものを最初からつくり込むということをやっている。
 又、ライフサイクルビジネスとして、輸出入銀行とか色々な銀行とタイアップしてファイナンスの一端も担うということも考えなければならない時代になっている。それから、これまではエアライン側でやっていたエンジンの整備とか、オンウィングの整備とかについても指導なり色々アドバイスを欲しいというレベルのサポートも増えている。又、高空機産業にとっては補用品やリペアは収益の柱でもあるので、その辺りもしっかりと理解してもらうことが大切になって来る。

 これらを実現して行くためには、これまでのエンジンメーカー、機体メーカー、機器メーカーの間の垣根を越えながら一緒にやるという動きがどんどん出て来ている。

 そして、これだけのことをやろうとすると、産・官・学のしっかりした共同体制が国の中でも国を超えてもやって行く必要出て来ている。ヨーロッパではとくにオープンに、EU の資金を出し、国を超えて声を掛けている。今、正にそういう時代になりつつある。

 今、IHI の民間エンジン事業は受注残が3年以上ある。幸いにも良い機種、良いポートフォリオで仕事を進めているところであるという。この不況を乗り越え、受注も復活して来た。今IHI は持っている受注機種で先の成長を見込める状況になっている。その結果、相馬工場の生産は今拡大しつつあり、新しい機種787用のGNXエンジンも動き出している。又、今日のIHI 大型小型、機種別も含めてポートフォリオを非常に広く持っており、しかも安定している。又しかも国際的な次世代プログラムにも必ず声が掛かり、それにも積極的に参加している。そのための様々な先端技術開発にも地道に、懸命に取り組んでおり、どの業界でもそうであるが、航空業界ではとくに重要なアフターマーケットビジネスを、お客様とライフサイクルできちっと関係をつなぎながら力を入れている。

 宇宙分野においても輸出を睨み、その技術をコアに輸出出来る製品、事業をつくり上げて行こうとしているIHI の航空宇宙事業に学ぶべきものは、今日の私たちにとって極めて大きいと実感し、あわせて今後の日本に非常に明るい未来を垣間見た次第である。(文責 松尾隆)

金沢工業大学の大学革新 -社会から必要とされる大学であるために-

 2010年度前期の第二回は、平成22年11月2日に、石川県金沢市にある金沢工業大学のキャンパスを訪問した。金沢工業大学は、教育分野の全国大学ランキングで5年連続1位を維持しており、また就職内定率も高い(2009年実績、99.5%)ことで知られている。大学生の質の低下が言われて久しいが、どのような方針で教育の質を高めて来たかは、採用する企業の立場から大いに関心があり、また社員教育という観点からも期待を持って訪問した。

最初に大学紹介ビデオによる概略説明があり、次いで石川憲一学長による「金沢工業大学の大学革新」~社会から必要とされる大学であるために~ と題した講演がなされた。講演を通じて、大学における教育理念と目標、その具体的実行策が実に明確に決められ、かつ実行されていることが印象的であった。まず大学のミッションには、「人間形成」、「技術革新」、「産学協同」の三つ、教育目標には、「自ら考え行動する技術者の育成」を置いている。目標の達成のためには、学生には「知識から行動に」、教員には「教員が教える教育」から「学生が自ら学ぶ教育」へ、職員には「顧客満足度の向上」というそれぞれの立場に応じた目標を課している。つまり、大学の構成員たる「教職員と学生が共に学ぶ教育へ」と改革することが目標となっており、礼記に言う「教学半」がその根本思想となっている。教員や職員にまで具体的な目標を課し、顧客=学生と言い切っている大学は、国内では他に類を見ない。

学生数は2010年5月1日時点で7,265人(学部6,675人、大学院590人)、教員330人である。学生の出身地は石川県が約30%、北陸地区が45%なので、それ以外からが半数強となっている。専門教員の半数が企業経験者であり、原則として非常勤講師で教育は行わないため、企業では当たり前の方針が大学でもあまり抵抗なく徹底出来ている。

金沢工業大学における教育改革の目標は、教育付加価値で日本一となることである。つまり、入学時能力に対する卒業時能力の極大化にある。そのための方向性は、第一が学習意欲の触発と増進であり、これが出来れば目標の半分は達成したことになるので、大学としては最重要課題として様々な方策を立案・実行している。

技術革新では、オープン・リサーチ・センターと研究所を活用し、企業との共同研究テーマを通じた産学協同を目指している。産学連携のプラットフォームとして、「夢考房」を有し、学生中心で運営させながら、研究所の成果を産業へ応用するための共創を目指している。ハイテク夢考房では7プロジェクトを設定し、学生や大学院生へ参加募集している。4例については、現在企業パートナーを募集中である。1~3年生を対象とした人材育成プログラムとして、企業でのインターンシップ・プロジェクトがある。連携企業から提案された課題に対して、学生から提案がなされ、学内検討で選ばれた学生提案を企業でのインターンシップでトライし、その結果を発表する仕組みであり、産業界への技術貢献と「自ら考え行動する技術者の育成」に役立っている。4年生で大学院進学予定者に対しては、KIT Cooperative Educationで更に問題解決への具体的取り組み方を学ばせる。これまでの大学との連携実績から選んだ連携企業で、問題発見解決プロセスを有する業務に対し、3ヶ月から6ヶ月の業務を実践し、結果を連携企業の参加の下で発表する。これが修士研究テーマに発展して行く。更に大学院生を対象としたモジュール統合教育プログラムがある。これには複数の教員と企業が関与し、個々の教員だけによる寺子屋教育を避け、講義・演習・実験・発表という4つの能力育成を目指している。このプログラムを通じて、企業が抱える課題を、学生と共に授業の中で取り組むことが出来る。

講演の締めくくりとして、これからの技術者は、単なる技術のみではなく、「夢と心と技」を有する総合的な人間力が必要となる。そういう技術者を育てることが金沢工業大学の目標であり、そのことを通じて「社会から信頼され必要とされる大学」であり続けたいとの強い決意が石川学長からなされた。

次に2グループに分かれて学内見学に移った。見学の途中で自習中または歩いている学生を多く見かけたが、自習中の学生は勉強に集中しており、出会った学生は見学者に対してもキチンと挨拶が出来た。大学としては本来当たり前と思われることであるが、実際の大学見学としては珍しい体験であった。こういう体験をすること自体が、日本の大学が抱えている深刻な問題を反映している。

  ①学内テレビ

学内の要所にテレビが設置されていて、授業の変更を含めた学生への連絡に使用されているが、寮生へ郵便物が届いた際には、学内郵便局に取りに来るような授業以外の連絡もなされている。

②食堂

夜10時までは自習室として使用が可能。食卓の下にパソコン用の端末があり、大学のイントラが使用可能となっている。

③講義棟

備え付けのエスカレーターは、内部の仕組みが分かるよう機構部分が透明になっている。筆者自身も、エスカレーターの内部メカニズム細部は今回初めて観察した。これも学生にメカニズムに関心を持たせるための教育の一環。

④夢考房

2棟あり、無災害日数が表示されている。企業文化教育の一環。ここでの工作中のケガは5~10件/年あり、ヒヤリハット件数を年間で150件集めることを目標にしている。

ランプなどの工作方法と実物が展示されていて、学生が休み中に自主的に工作出来るようになっている。パソコン、加工技術など個別技術毎に技能者のスキルリストが作られており、希望する学生はその技能者から個人的に教えて貰える。教えた技能者には、大学から教授料として880円/時間が支払われる仕組み。

様々な工作機械が夢考房には置かれており、学生が自由に使える。ボール盤には注意事項が盤毎に設置されており、危険度に応じて大、中、小に分類されている。シャーリングには、危険度を体で意識させるため、安全装置は付いていない。フライス盤や旋盤は、工作後の後始末を重視しており、後始末に30分は掛けさせる。木材加工コーナーもあり、一般的な工作機械以外にも匠の技を必要とする工作機械も備えられている。

工作に必要な工具、部品等1,500点は部品置き場に分類・備蓄されており、代金を箱に入れて使用する。在庫が減ると、係の学生が補充する。自転車部品が一番売れるとのことであるが、年間の売上は250万円になるとのこと。木材、金属などの材料は材料置き場に整理されている。自分で工作機械を操作してものづくりが出来る環境が良く整備されている。

⑤プロジェクト棟

入り口には、ダビンチ考案の機械が具現化されて展示されていた。また書棚には、過去のプロジェクト最終報告書がすべて閲覧可能な状態に保存されていて、発表を予定している学生の参考にされている。自習室は365日、24時間オープンで、プロジェクト毎にメンバーが打合せを行っている。

⑥図書館

図書館は365日オープンで、教員が常駐しており、学生に質問があればそれに答える体制を取っている。奥に稀覯本を集めたライブラリーがあり、工学に関する初版本が集められている。通常はガラス棚の中に飾るのではなく、実際に触って見ることが出来るとのことであったが、当日は時間も限られており、残念ながら見学だけであった。ユークリッドの「幾何学原論」(1482年)、ニュートンの「プリンキピア」(1687年)、ラボアジェの「化学要論」(1789年)、ファラディ-の「電気の実験的研究」(1839年)、ダーウィンの「種の起源」(1859年)、アインシュタインの「一般相対性理論の基礎」(1916年)など技術者ならば誰でも知っている歴史的発見の初版本を目の当たりに見ることが出来た。ポピュラーミュージックコレクションには、14万枚のLPが保存されており、誰でも聴くことが出来る。

⑦数理工教育研究センター

ここもユニークな仕組み。教員32名が全員大部屋におり、質問のある学生に対して教員が個別に答える。ここで、学生が質問しにくい先生は何故そうなのかが分かったため、教員側での意識改革が促された。「こんなことが分からないのか」は禁句。

今回見学した施設は、いずれも学生が使いやすいように、あるいは自分でやりたいときにはいつでも使えるようにとの細かい配慮がなされていた。学生=顧客という理念が、単なる理念に止まるのではなく、教員や職員に多大な負担が掛かっても、具体的に実践されていることが印象的であった。

見学終了後、夢考房の名付け親である泉屋吉郎常務理事・法人本部長より講演がなされた。

本学は昭和32年6月1日に、現場技術者の養成を目的とした北陸電波学校として設立された。昭和40年に金沢工業大学を開学するに当たり、設立以来の現場技術者の養成という理念を反映させ、産学協同を建学綱領とし、産業界から教員を招くことにした。昭和51年に学生の募集を全国拡大したのが、それまでの建学理念を見直す契機となった。

第二代学長の京藤先生は、教育付加価値日本一を掲げ、徹底した補修教育と褒める教育で、入学時のレベルは低くとも、卒業時のレベルを極大化することに取り組んだ。その後の歴代の学長も、時代に合わせた教育改革を実施してきた。

現在は一年間に300日の学生支援を行っているため、教員プラスアルバイトで対応している。また自習室は24時間無休で運営している。

経営は学園協議会の15名、学友会(学生代表)5名で構成されている。

夢考房は、教育と研究は別物ではないとの考えに基づき、平成5年に設立した。ここで行うプロジェクトは学生主体で、教員は指導していない。ロボットコンテスト参加はその活動の一つで、2010年は日本一に輝いた。

今行っているのは、CS(カスタマー・サービス)からUR(ユーザー・リレーション)への発展である。ここでユーザーとは企業、学生、地域を含んでいる。

二つの講演および見学が終了したので、参加者との質疑応答の時間を持った。以下に要旨のみ纏めた。

①個々の技術や製品で優れているにも拘わらず、市場シェア-や利益率で低迷する日本企業が多い。その理由の一つは、個々の製品で優れていても、その製品の使用システムや社会に於ける位置づけで海外企業に後れを取っていることがある。その原因は、技術者自身が技術にのみ関心を払い、人間や社会・文化に対する視点を欠いているためではないか。大学教育として、この種の欠陥に何か対策は持っているか?

→ a. 全学生の必修課目として、技術者入門があり、「技術者になると言うこと」が教科書となっている。また、社会に対する関心を持たせるため、新聞の読み方を課題として設定し、10テーマの報告書提出が義務づけられている。b. 2年生の必須課目に日本学があり、日本の代表的人物のケーススタディや、国歌、国旗の意味を学んでいる。c. 3年生では技術者倫理を学ぶようカリキュラムが組まれている。

②生徒が自ら考え行動するまでになるのは、苦労を嫌う今の若者ではそう簡単なことではない。具体的にはどうやっているのか? 大学はどう指導しているのか?

→ 学長は年間に4回は学内で講演し、教員にも基準を守るよう常に要請を行っている。担当教員がメインテーマを出すと、誘導されて生徒がその関連テーマを提出し易くなる。 

  • 夢考房はどういう発想で作ったのか?

→ MITでの工房を見て感動したのがきっかけである。一年生が自分で何か作りたいと思った時に、それが作れる場を提供したかった。ドラえもんのポケットのようなものだ。

 今回の訪問で、大学の理念を聴き、施設を見学し、世の中で言われている金沢工業大学の素晴らしさが納得出来た。少子化時代を迎え、個々の大学の存在意義が強く問われ、学生および企業の大学選択の目は一層厳しくなりつつある。その中で、金沢工業大学は「自ら考え行動する技術者の育成」を目標とし、そのために必要な改革を実行してきた。そもそもの建学目的が、現場技術者の養成にあったとは言え、学生のみならず教員や職員まで巻き込んだ大学改革は一朝一夕に達成出来たものではなく、長年に渡る試行錯誤と努力の結果であることに敬服した。時代の変化に応じた人材供給のため、今後も変革を続けていくことを大学が方針としているので、これからも教育面でのランキングではトップの位置を維持していくことが期待される。

ニーズが多様化し、技術が高度化、複合化する中で、企業が単なる部品や技術のみでグローバルな主導権を取ることはとうてい不可能となった。技術・製品を深化させるだけでなく、その技術・製品を使う人間や社会が、その技術の意味や価値を極大化出来るためのトータルシステムを提案することが技術者に求められている。そのためには、技術のみでなく、人間、社会、文化に対する視点を有することが技術者にとっても必須の要件となっている。何よりも「自ら考え行動する技術者」が求められていることを再認識したが、今回の訪問でそれを目標に人材育成を行っている大学があることを知り、大変励まされた。(文責 相馬和彦)

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