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2013-10

旭化成の先端素材の研究開発LIB開発秘話/旭化成 訪問

《と   き》2013年6月6日

《訪問先 》旭化成(株)旭化成住宅総合技術研究所(静岡県・富士市)
 
《講  師 》旭化成(株) フェロー 吉野彰氏
《コーディネーター》テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長 相馬和彦氏 

 

 平成24年度後期の第五回は、平成25年6月6日に旭化成の富士支社を訪問した。事情により昨年度の予定が延期されていたが、今回実現に至った。富士支社は、旭化成の新規事業の拠点であり、先端技術研究所、基盤技術研究所、住宅総合技術研究所などの研究所群ばかりでなく、電子材料、バイオ医薬品などの製造工場もある。今回の訪問ではリチウム電池用分離膜の開発に成功した同社フェロー吉野彰氏の講演をお聞きし、併せて住宅総合研究所の見学を行うこととなった。

旭化成は、日本の化学企業の中でも、技術開発に勝れた企業として広く認識されている。歴史的にも多くの新商品、新技術の開発実績があり、リチウム電池用分離膜はその延長上に位置している。リチウム電池の開発秘話ばかりでなく、旭化成の技術文化そのものにも触れる得難い機会と期待した。

最初に吉野彰氏より、パネル写真を示しながら富士支社の紹介があった。富士支社の敷地には、昭和34年にカシミロン工場が創業されたが、操業停止後は機能性製品工場と研究開発拠点として活用されてきた。感光材、基板材料、電子材料、エポキシ、バイオ医薬品など新規事業関連製品の製造工場がある。コーポレート研究の拠点としては、先端技術、先端電池材料、次世代部品開発、先端エネルギー材料などを対象にした研究開発を行っている。また、ホームズ住宅総合研究所もある。地域活動として、いのちの森やホタル祭りを通じて、自然や命の大切さをうったえている。

次いで住宅総合技術研究所およびモデルハウスの見学に移った。

①事務所棟での概況説明

研究所は2007年10月にオープンした。敷地内には、それぞれ音響、温熱、耐候耐久、屋内構造、技術開発を実施している研究棟が5棟ある。隣接する環境開発ゾーンでは、密集して植樹し、競合させて強い木を育てている。

住宅事業は当初ソ連から導入した技術を用い、シリカチットの製造から始めた。シリカチットは製造困難なことが判明したため、現在のヘーベルに変更したが、最初から材料製造だけでなく、住宅そのものを手掛けたかった。住宅のデザインは時代の嗜好に合わせて変化しており、それぞれのデザインが小型模型で示されている。

事務所棟は免震構造となっており、地下でそれが見学できた。積層ゴムところがり機能の組み合わせによる免震機6台で建物を支えている。ただ、津波で舟が建物にぶつかるような横方向からの力には弱い。

ヘーベルはトバモライト結晶構造をしている。トバモライトは、スコットランドのマル島、トバモリーで天然石として発見されたため、この名前が付いた。

②環境試験室

 住宅が丸々1棟入る大きさの人工気象室。-20~50℃、湿度30~90%の試験が可能。③構造試験棟

 4mx4mの水平振動台で、一方向の振動の影響を試験する。静的加圧試験では、高さ10m、横18m、厚さ1.5mの壁に100トンまでの静圧をかけ、強度試験をしている。

④耐候耐久試験棟

 屋上には小型サンプルや壁の一部を使って光触媒の効果を試験中。1階では、散水試験で夏の強い日射後の夕立の影響やドライビングレインで風速40mまでの暴風雨模擬テストを実施している。

⑤モデルハウス

 3階建てで、3階に非日常的な空間を持っているモデル。最近では、ヘーベルハウスは年間10,000棟を越える売上になった。

 

住宅総合技術研究所見学から戻った後で、吉野研究室室長 旭化成フェロー 吉野彰氏より「旭化成の先端素材開発とLIB開発秘話」と題した講演を伺った。

 旭化成は時代の変化に応じた中期事業計画を立て、それを実行して来た。近年の中期計画の変遷を簡単に纏めると、

 1999-2002 選択と集中

 2003-2005 選び抜かれた多角化

 2006-2010 拡大・成長への事業化ポートフォリオ転換

 2011-2015 For Tomorrow 2015 世の中のこれからのニーズを先取りし、新たな機会を獲得する。「昨日まで世界に無かった価値」を提供することにより、2兆円を目指す。

 これを実現するための基本戦略としては、事業の成長を追求し、そのため制度・仕組みの革新を行う。具体的に述べると、以下のようになる。

1.事業戦略 成長の追求

 ①グローバルリーディング事業の展開 既存事業の役割

・  アクリルニトリル 触媒重合技術の優位性活用

・  S-SBR(溶液重合SBR) 地球環境問題での優位性

エコタイヤで燃費効率が良い。

海外売上比率目標 2010年62% → 2015年69%

・  LIB用セパレーター、感光性ドライレジスト、LSI等も含まれる。

 ②新しい社会価値の創出 新規事業の役割

・  環境・エネルギー LIB用セパレーター、センサー、省電力LSI,断熱材、

膜・水処理等

・  住・くらし 住宅、不動産関連、リフォーム

・  医療 医薬、血液浄化療法(人工透析、アフェレシス)

以上3領域の融合プロジェクトを推進する。

2.制度・仕組みの革新 oneAK経営の推進

 上記①と②の合計で、売上と営業利益を2010年の1.5兆円、1,200億円から2015年にはそれぞれを2兆円、2,000億円に増加させる。

 旭化成におけるリチウムイオン電池の研究は、歴史的に振り返ると1981年のポリアセチレンに端緒がある。研究から事業化までの段階は以下の通りであった。

 1981-1985 基礎研究段階

 1986-1990 開発研究段階

 1991-   事業化段階

1981年にポリアセチレン(PA)の研究を開始した。PAの研究を続けていると、負極に使えそうになったので、次は正極材料を探索したが、当時リチウムイオンを含んだ正極はなかった。1980年になり、LiCoO2が新しい正極材料として始めて報告された。1983年にPA/LiCoO2の組み合わせで二次電池が誕生したが、PA負極は密度が低く軽量化には良いが、小型化はならず、また化学的に不安定なこともあって、負極としては断念せざるを得なかった。そこで他の負極材料を探し、不飽和二重結合を有する材料としてカーボンに着目し、VGCF(気相法炭素繊維)が使えることが分かって漸くプロトタイプのLIBが誕生した。

 1986年にLIBの安全性を野外実験で確かめることになった。開発へのgo/no go を決める重要な試験であったが、金属球を電池に落下させても発火せず、安全であることが確認され、LIBの開発・事業化へ進むことが決定された。

 負極にカーボンを使用するアイデアの発明者は誰かを出願特許内容から分析すると、多くの出願特許がすぐ近くをかすめていることが分かる。それらの出願は何かが僅かに足りなかったり、本質の理解が少々不足したりで、現在のLIBと比較すると惜しい出願が多い。其の中で旭化成が正解に辿り着いたのは、辛抱強く継続し、旨く行かなかった場合でも諦めず、リカバリーショットを打ったことが勝因となった。過去の技術開発の歴史でも、似たような目標を同じ時期に数社が同時に追求した例は多い。しかし、成功するのは、結局最後まで諦めずに挑戦した企業である。そういう歴史的事実が、今回の旭化成の例でも確認出来た。

 事業化が視野に入ってくると、事業化戦略の立案が必要となる。この段階で採った旭化成の戦略は大変ユニークであった。3つの方策を同時に実行し、その中で成功と失敗を経験したが、利益相反を伴う3方策を同時に実施したのは、極めて希な例であろう。

1.東芝と共同で電池を事業化 → 結果的には失敗した。

2.材料は単独事業として事業化 → セパレーター事業として成功。

3.ライセンス事業の推進 → 10数社とライセンス契約締結

 LIBのエネルギー密度は1992年の200Wh/Lが2010年には600Wh/Lに増え、もはや限界に近い。電池の価格も300円/W/hが20円/W/hに急落している。

 これから何を研究したら良いか、魅力ある新規テーマは何かに悩む毎日であるが、特許出願数の変化を見ていると、次の波が見えてくる。LIBへの流れを決めたのは、外的要因であった。1990年からの第一世代アナログ携帯では、電池容量は5.5ボルトだったので、LIBは2本必要となり普及には壁があった。1995年以降第二世代のデジタル携帯になって、電池容量は3ボルトあれば使用可能となった。これが決定打となり、LIBが普及した。

 同じようなことが現在起こりつつある。IT変革からET変革に移っているのではないか。EはEnvironment & Energy。そうだとすると、決定打となる外的要因は何か?ということになる。IT変革の時のように、ET変革を起こしうる技術マップを作成して考えていれば、方向が見えてくる。例えば次世代の二次電池は、電池構成技術x周辺技術x電極技術の融合になるのではないか。

 講演終了後、質疑応答の時間を持った。要旨のみ以下に纏めた。

①事業化時に、3つの相反する施策を行ったが、顧客とのバッティングは、判断の際に優先順位が低い企業文化なのか?

 → 社内でも驚くような決定だった。

②これからのET変革をもたらす外部要因を捕まえるためには、どうしたら良いか?

 → 材料メーカーとセットメーカーには、考え方に大きな差がある。両方からアプローチすれば良いが、実際には難しい。そこで、研究者としては、a)幅広い視野を持つ。周辺で起こっていることを見る。b)感性も関係するので、どんなに忙しくても頭を真っ白にする。受け止めるために、頭の準備をしておく。ことであろう。

③電気自動車は2020年で400~500kmの走行距離が可能になるか?

 → 電池だけでなく、周辺技術、電極技術などとの合わせ技で実現すべきものである。

④電池の安全性は今の延長上で大丈夫か? 新しい技術が出てくるか?

 → 大型用途は、安全性ではマイナスだが、広いスペースの活用が可能というプラスがある。燃える、燃えないではなく、熱暴走を防止することが重要。未だ熱暴走は十分に解明されていない。

⑤日本はinnovativeな素材開発だけでは勝てない。LIBは摺り合わせ技術である。材料は1社で全部やった方が良いのか?

 → 素材開発は日本に客先があるかどうかで決まる。自動車がこの地位を保てるかが問題。電池メーカーの技術も、材料による差別化がなくなって来ている。材料を1社が全て持てば、客先はコスト交渉力が低下するので嫌がる。

 

 今回の訪問では、旭化成におけるLIBの研究開発から事業化までのプロセスを詳細に伺い、吉野さん個人の研究者としての志の高さや執念を強く感じるとともに、それを許容する会社の懐の深さや企業文化も同時に印象に残った。伝導性ポリマーの研究は、ほとんどの化学企業が同時期に研究開始したが、1社抜け2社抜けて、10年間我慢して成功するまでやりきった企業は極僅かであった。

新規製品や新規事業の創出は、正に茨の道、苦労の連続である。その中で成功する研究者(企業)と成功しない研究者(企業)を分ける決定的な要因がある。一つは止めろと言われても、価値がないと言われても、何と言われようが自分が信じる道、夢、志を諦めずに頑張る研究者が存在するかどうかである。もう一つは、研究者の無謀な挑戦に対し、口では止めろ、そんなモノはもうかるはずがないと言いながら、研究者が自から止めると言わない限りやらせておく懐の深さを持つ経営者である。この二つを含む企業文化そのものが、成功するか成功しないかの鍵になる。こういう文化を有する企業からは、継続的に新規製品、新規事業が生み出されていることは、世界的にも周知の事実である。どちらが欠けても、成功はおぼつかない。今回の訪問では、その事実を再確認することが出来た。

「成功とは、成功するまで続けることである」(松下幸之助)

(文責 相馬和彦)

 

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