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2013-03

英国より受注した高速鉄道車両の開発とプロジェクト成功の経緯/日立製作所 笠戸工場

《と   き》2013年1月18日

《訪問先 》(株)日立製作所 笠戸工場 (広島県・下松市)

《講  師 》技監 鈴木 學氏
《コーディネーター》テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長 相馬和彦氏

 

 平成24年度後期の第4回は、平成25年1月18日に日立製作所の笠戸事業所を訪問した。笠戸事業所は今回が初めてではなく、近年では平成20年4月17日にも訪れ、当時の電気グループ長兼CEO鈴木學執行役常務より「車両事業への取り組み -日本が培った世界最先端技術と国際展開-」と題し、日立製作所の歴史的な変遷から事業・技術開発を含めたご講演で、日立製作所のものづくりの基本を伺ったことがある。今回は同じ鈴木學技監より、英国への車両輸出という快挙に絞り、製造現場に密着した内容のご講演をお聴き出来ることになった。

高速鉄道分野では世界をリードする立場になった日本の鉄道技術でも、鉄道発祥の地である英国への鉄道輸出は、鉄道技術者の長年の夢であった。交通機関の中で、鉄道は国毎に異なる固有文化を有しているため、技術に優れているだけで簡単に受け入れられるものではなく、ある意味では文化の輸出に通じる点がある。先端技術を含めた広い視点からのお話しをお聴き出来ることを期待して訪問した。

最初に笠戸事業所 事業所長兼笠戸交通システム本部長の正井健太郎氏よりご挨拶をいただいた。笠戸事業所は創立92年を迎えたが、汽船→蒸気機関車→新幹線と最初から輸送機関に関わってきた。クラス395で英国向け車両輸出に成功し、ロンドンオリンピックで好評を得たことが、現在の受注に繋がった。日本の高速鉄道は世界で高い評価を得ており、ブランド化している。E5系、E6系、N-700A系、豪華寝台列車「七つ星」等が作られて来た。笠戸工場は海外への車両輸出のためのマザー工場として位置づけている。

次いでDVDによる会社紹介があった。力を入れているのは、環境対応車両であるA-trainで、匠の技をデジタル化した技術が使われている。いくつかの具体例が紹介された。また車両が出来るまでの製造工程の紹介もあった。技術は、コーポレート研究所や協力企業との連携で構築している。製造現場に対応した人材育成にも力を入れている。

日立製作所および笠戸事業所の概要が、荒川賢一副事業所長より説明された。日立製作所の社員は、2012年3月期に単独で32,000人、連結で323,540人、売上は同時期に単独1兆8000億円、連結が9兆6700億円、国内比率57%、海外比率43%となっている。

日本の鉄道システムが日本を世界一の鉄道王国にした。それを支えるのが、①高速・高密度運行、②安全性と運行の正確性である。日立は日本唯一の総合鉄道メーカーとして、すべてのハードおよびシステムを手掛けている。

国内市場は頭打ちだが、海外では未だ伸びる余地があるので、ここに進出する。1,300億円を3,200億円に増大させたい。海外では英国、東南アジア、ブラジルに注力し、笠戸は世界一のマザー工場を目指している。

 

次いで工場見学を行った。概要を以下に纏めた。

  1. 歴史記念館
    久原房之助が、笠戸を東洋のマンチェスターにしたいとの願望から、1917年に汽船の製造を目指し、塩田に日本汽船笠戸造船所を設立した。たまたま第一次世界大戦後の不況により、汽船は全く造ることが出来ず、汽船は無理と判断して小平浪平が日本汽船を買取り、蒸気機関車の製造に転換したのが日立製作所笠戸工場の創設となった(1921年)。歴史記念館には、事業や製品の変遷が多数のパネルや製品展示により分かるようになっている。展示品には大型のものはなく、小型が中心。
  2. 大型機械加工工程
    新幹線の先頭構体を製造する工程。従来は熔接していたものを、削りだしに変更した。正確な工作が可能となり、軽量化、省エネになった。削りだした部材を熔接する。
  3. NCセンター
    一般的な機械加工を実施。
  4. 台車組立工程
    メンテは長期に顧客が行う慣習があるため、台車は顧客が支給する。この台車にモーターなどの部品を装着し、車両に組み立てる。
  5. 空調装置組立工程
    部品は車両1台毎に全部纏め、1個でも落ちのないように確認している。組立は2ラインあり、組立後に全数検査してから出荷する。配管や電気配線は、実物体で図面通りに曲げたり繋げたりしている。
  6. 桟橋 車両を出荷するための桟橋。
  7. 構体組立工場 E5系2台を組立中。
  8. ペイント工場
  9. 配管・電装工場 東部野田線車両、新幹線客車が実装中。
  10. 天井工作工程 天井の工作を用意にするため、車両を逆さまに反転する。
  11. 下部(床下)装置取付工程 外部突起を最小限にして、空気抵抗をなくす。
  12. 床下・屋根上結線工程
  13. 配管・配線工程
    新幹線は横張り、電車は縦張りするが、これはストレスの関係から。
  14. 内装・艤装工程
  15. 車両試験場

 短距離ではあるが、工場内で走るところまではテストし、ばらしてから顧客に送る。顧客の所で再度組立て、テストしてから引き渡す。

 

工場見学から戻った後で、鈴木學技監より「英国より受注した高速鉄道車両の開発とプロジェクト成功の経緯」と題する講演をいただいた。以下には要旨のみ纏めた。

 日立製作所は、蒸気機関車に加えて電気機関車を1921年に製造開始し、電気と蒸気双方を国内で唯一製造する企業になった。国鉄の民営化に伴い、より大量・高速に、より安全・快適な輸送が進み、高速車両はアルミ製が標準になった。

 日立の作ってきた車両の歴史を見ると、大体30年毎に新車両に変わっている。また日立の鉄道事業内容も、車両製造から保守、運行、電力供給、信号、駅設備などを含めたトータルソリューションの提供へと進化した。運行システムは唯一であり、トータルソリューションを提供出来ることが、グローバルな輸出で優位に働いた。

 日本の鉄道は、1872年に英国より機関車を輸入し、新橋-横浜間が開業されたのが原点であるが、2008年に始めて英国への車両輸出が成功したのは感慨深い。鉄道技術は、1960年代に車、飛行機との競合が激化したため、鉄道自体の進化を迫られたことで発展した。

 日本の鉄道車両は構体強度が弱い。スピードアップする過程で、軽量化が必要だったことが原因である。速度を220km/hから300km/hに上げる過程で、車体材質が鋼鉄からアルミ合金に替わり、重量は980トンから715トンに減少した。

 海外展開は新技術開発により可能となった。①軽量、高剛性アルミ車体、②交流回生駆動装置、③信号のデジタル化による安全・安定輸送システムの三つである。ブレーキは、碓氷峠での実用化を想定し、国鉄時代から開発を継続していた。

 海外で英国市場に注目したのは、自国に鉄道車両産業を持っていないこと、欧州鉄道メーカーの品質や対応に悪評価をもっていたことなどがあり、日本の鉄道システムの品質、信頼性へ大きな期待があったことによる。ただ、英国では車両メーカーが保守まで実施しているのに対し、日本では保守はJRがやってきたため、その対応が求められた。

 日立は英国への車両納入で2000年と2001年に2回失敗しており、そこから得られた教訓を生かして取り組んだ。2003年には車両リース会社に企画書を提出し、様々な企業努力によって2005年に正式契約調印に漕ぎ着けた。提案したClass395は、ユーロスターの英国内インフラ改善を目的とし、AshfordとSt.Pancras間を、現行83分掛かるところ、37分で結ぶことが出来る。メンテはJRと組み、アクセスチャージは重量軽減で安くし、鉄道事業者のメリットがあるように工夫した結果、3社が応募したが、日立の入札が確定した。

 実務では、車両の長さや英国・欧州規格への適応で苦労した。新幹線は車長も25mと長く、床下に余裕があるが、Class395は20mと短く、其の中に新幹線装備を詰め込む必要があった。また新幹線のように高架独立線路ではなく、在来線を利用しかつ戦時に片線で上下運転をするため、正面衝突を想定し、運転手をその際に保護する構造が要求された。またトラックとの衝突も考慮する必要があった。

 車両には様々な部品が必要であるが、国産で英国の規格が取れていない部品については、欧州で調達する必要があり、日本と欧州を網羅するsupply chain managementの構築が大変だった。

 英国では車両の保守は車両メーカーが行うことになっているので、保守のための車両基地をAshfordに設置した(2007年)。保守にはJRとの協力体制で臨んだ。2007年8月には、第一編成の車両が約束よりも早く英国に上陸し、これも珍しいこととして好評だった。2007年11月には、エリザベス女王の臨席のもと、St.Pancras駅の開業式が行われ、2009年12月にはClass395を運行する正式営業を開始した。

 Class395の成功を振り返り、プロジェクト成功の鍵を列挙する。

  1. 英国サイドとの役割の明確化(現地ローカルの重要性)
    顧客、ステークホルダーとのインターフェースは英国サイドで実施、サブコン管理、設計・製造は日本サイドで行う。
  2. No surprise approach
    顧客を含む全てのステークホルダーを巻き込んだプロジェクト管理を行う=one team。
  3. キーマイルストーンの厳守(Must do culture)
    プロト納入、St.Pancras駅開業、preview service
  4. コミュニケーションの重要性 日・英・独複数拠点のコントロール
  5. 異文化の尊重(チームワーク)
  6. 決してあきらめない

 Class395はその後の運行で、更に評価を高める出来事があった。2009年11月、2010年12月には英国は記録的大雪に見舞われ、ユーロスターを始めとする大部分の列車が運休となる中で、Class395は運行を確保し高い評価を獲得した。また2011年2月時点で、全英の電車で月間最高の信頼性(無故障走行記録 16万マイル)を達成した。これを車両の売値に反映させることが次の課題である。

 英国市場に対しては、2012年7月に契約したIntercity Express Programme(IEP)の具体的進展、Network Rail社への運行管理システムの納入、ファイナンス事業への進出などを通じ、車両メーカーから保守事業者、鉄道トータルソリューションプロバイダーへと脱皮を図って行きたい。

 国内鉄道事業者の収入が伸び悩むため、設備投資も頭打ちとなっているが、世界を見ると09-11年14.5兆円/年が15-17年17兆円/年と成長が期待されている。公共投資としての鉄道建設プロジェクトは、米国、ブラジル、インドなどで検討されており、魅力的である。ただ米国でのプロジェクト数は、財務的困難さのため、16から10に減少した。

 こういう環境下で危機感を持った欧州メーカーは、欧州内規格を統一し、欧州域外を含めた国際規格に適用しようという運動で、囲い込みを推進している。また中国は、国内の高速鉄道推進で世界一の高速鉄道王国を目指しており、圧倒的な生産数で車両性能を向上させている。

 車両メーカーは変貌する世界市場への対応を迫られているが、その方策として考えられるのは、①オペレーターへ積極的に関与、②民間資金の活用による鉄道整備、③円借款による新興国の鉄道整備などが上げられる。

 今後日立製作所の鉄道事業としては、世界市場の拡大をチャンスと捉え、変化を敏感に捉えて積極果敢に対応し、国内の技術開発を競争力の源泉とする姿勢が重要になる。

 講演後に質疑応答の時間を持った。以下に要旨のみ纏めた。

  1. 英国への車両輸出の仕事で、技術・規格以外に文化や考え方の差で一番苦労したのは何か? またそれをどのようにして克服したか?
    → 文化や考え方に差があった。日本の鉄道に乗って貰い、その差を肌で感じて貰ったこと、日英鉄道会議を毎年開催して議論したことで、相互に理解が進んだ。
  2. 調達先が各国に分散したことで、調達が難しかったのではないか?
    → 欧州の部品メーカーは、問題点を言っても直してくれない。日本の信頼出来る部品メーカーに進出を依頼中である。特にノイズに弱く、情報が直ぐに消えてしまうのが問題。
  3. 車両が30年毎に変わってきたとのことだが、次はリニア-か?
    → リニアはコストが高く、グローバルな普及は?

 今回の笠戸事業所では、各国固有の文化ともなっている鉄道車両で、英国進出に見事成功した製造現場を見学し、成功に辿り着くまでの経緯をつぶさにお聞きすることが出来た。構造や複雑な規格をクリアし、各国に散らばる部品メーカーからの調達網を構築して、期限前に車両納入に成功するためには、プロジェクトメンバーの多大のご苦労があったはずである。成功の鍵として、「決してあきらめない」が上げられているのは、その証であろう。車両メーカーの日立製作所が、保守や整備から始め、ファイナンスに進出し、トータルソリューションプロバイダーへと脱皮していることは、日本製造業がグローバルに勝ち残る一つの道を示唆している。ただ鉄道の世界でも、化学や他の業界と同じく、国際規格という名の囲い込みが出来つつあることは、大きな危惧である。国際規格の設定は、一企業の努力だけでは手に余り、業界全体、国全体として対応して行かないと、日本企業は国際規格の枠外に取り残されてしまいかねない。この点で、早い時期から業界・政府の関与が強く望まれる。(文責 相馬和彦)

単層カーボンナノチューブ(CNT)の製造技術と用途展開/日本ゼオン 荒川公平氏

《と   き》2013年3月11日 
《講  師 》日本ゼオン(株) 取締役 常務執行役員 荒川公平氏
《コーディネーター》放送大学 名誉教授 森谷正規氏

 

「イノベーションフォーラム21」の2012年度後期の第5回は、日本ゼオンの荒川公平取締役常務執行役員の「単層カーボンナノチューブ(CNT)の製造技術と用途展開」というお話であった。

 まず驚いたのは、CNTと言えばノーベル賞の有力候補と言われるNECの飯島澄男さんが頭に浮かぶが、荒川さんは、飯島さんの創造研究より10年程も前の1982年に日機装において研究に取り組み、気相流動法と言う製造法を考え出して、基本特許を取っていたことだ。もっとも当時は、カーボンナノチューブという名称はなかったが、きわめて細い炭素繊維ということでは同じである。
荒川さんはその後、富士フィルムに移って光学フィルムの研究開発で大きな業績を上げたが、さらに日本ゼオンに引っ張られて光学材料事業の指揮を取り、2005年に産総研の研究者から、一緒にCNTをやらないかと強い誘いを受けて、再び取り組み始めた。産総研は「スーパーグロース法による単層CNT」という性能的に有望なCNTを開発していて、その製造法での協力が欲しかったのだ。
 最初にCNTの詳細と研究の歴史についての詳しい話があったが、早くから世界で多くの人が研究に取り組んでいたことを知った。そこで思ったのは、革新的な技術には、大きく注目される前の揺籃期があるということだ。一大革新技術に進展すると気づかずに、ちょっとしたことから偉大な成果を取りこぼすというのが、技術の歴史であり、それを知っておくことは重要である。
話の核心は、スーパーグロース法CNTであり、これは高速合成技術であって、生産性が大きく向上する可能性が高く、しかも、純度が99・5%以上であって、性能的にも非常に優れている。
 CNTの実用化がなかなか進まないのは、コストがグラムで数万円、数十万円ときわめて高く、また純度が低いせいである。スーパーグロース法で、その壁を突破していく期待が大きい。性能的には、直径が大きい、比表面積が大きい、長尺のものができる(100ミクロン-数ミリ)などもある。
現在、このCNTは、産総研との共同プロジェクトで大量生産を目指した大型の実証プラントが建設されていて、これは全長が12メートルの本格的なプラントである。これによって生産されたサンプルの提供も始まっている。
その応用として、まず本格的に取り組んでいるのが、キャパシタの開発である。とりあえずは小型情報機器用であるが、将来は乗用車、建設機械の蓄電システムへの利用の可能性がある。
 この開発は、産総研と日本ゼオン、東レ、日本電気、帝人、住友精密工業で組織された技術研究組合によって行われている。
さてこうしてCNTの応用はいかに開けていくか。それについては、CNTの数多くの優れた特性を基に、現在開発が進められているものについて具体的に話をされた。それを挙げると、熱伝導特性が良いので、少量加えることによって、鉄並の熱伝導率を持つゴムの開発ができる。またアルミと複合して高伝熱財ができる。電気伝導特性を利用して、導電性ゴムができる。伸縮性の有機ELディスプレイへの応用も研究されている。
長期的な可能性については、エネルギー分野とエレクトロニクス分野が有望である。燃料電池、色素増感型太陽電池、リチウムイオン電池などがあり、プリンテッドエレクトロニクスが開けて、きわめて革新的なものとしては単一電子トランジスタがある。
問題は、それらにいかに現実性があるかだ。そこでやはり大きな要因は生産コストである。ここで、話を聞きながら、あることに思いついた。導電性ゴムなどでは、きわめて少量だけ交ぜればいいのだ。0・01%という例もあった。つまりこれは「味の素」である。パラパラ振りかければ、美味しくなるのと同じように、ほんの少量加えるだけで、性能大きく向上するのだ。それであれば、少々高くても良い。CNTはきわめて高価であるから、実用化はかなり先だという思い込みは捨てなければならない。現に、すでに多くの企業が応用開発に取り組んでいる。産総研と技術研究組合は、生産技術は極秘にするが、応用に関する技術は公開する方針である。
そこで思い出すのは、20年ほど前に情報関連技術の開発で言われた「この指、止まれ」型の開発である。これからは、核となる技術を自社で囲い込まずに公開して、多くの企業を呼び込んでこそ、成功するというものだ。ところが、それは米国が得意で、日本企業は積極的ではなかったために、敗れる羽目になった。CNTでは、できるだけ多くの企業が参加して、日本が先行せねばならず、そのチャンスが目の前に来ている。
なお荒川さんのお話では、最後にCNTの安全性に関して詳しい内容のものがあった。きわめて微細であるので、体内に入ると発ガンの恐れがあると言う問題だ。それについては深い研究が実施されていて問題のおそれは非常に小さいようだが、いずれにしても確証がなければならない。この安全性について、日本が先行して、国際的な安全基準、標準でりーどすべきという議論が行われた。

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