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2011-08

第二の創業を目指す富士フイルムの研究開発と新事業戦略・・・富士フイルム

と き:2011年5月19日

訪問先 :富士フイルム先進研究所 (神奈川県・足柄上郡)
 
講  師 :富士フイルム(株)取締役 常務執行役員 R&D統括本部長 井上伸昭氏
コーディネーター:テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長 相馬和彦氏


2011年度前期の第2回は、平成23年5月19日に、足柄市の富士フィルム先進研究所を訪問した。3月11日に起きた東日本大震災の影響により、第1回に予定されていたバイエル薬品が延期されたため、今回の富士フィルムが実質的には平成23年度前期の第1回となった。

富士フィルムは、富士写真フィルムと称したアナログ写真時代には、業界トップ企業としてグローバル展開し、技術と品質の高さで群を抜いていたばかりか、フィルムの現像と印画紙の販売によるビジネスモデルで、他業界が羨む高収益企業であった。デジタルカメラとプリンターの普及により、現像所を通じたアナログビジネスが枯渇するのを見越し、自らデジタルX線診断装置やデジタルカメラを手掛けたばかりでなく、富士ゼロックスを子会社化して事務機ビジネスを本格化し、更には医薬・医療事業や化粧品事業にまで進出するに至った。その結果、2006年には、社名も「富士写真フィルム」から「富士フィルム」と変更された。

アナログからデジタルへの転換期をチャンスと捉え、見事に変身した企業は少なくないが、事業の根本の技術と製品が時代遅れとなる中で、ここまで見事に事業転換に成功した企業は数えるほどしかない。その事業転換の鍵になった新技術・新製品を作ったのが、今回訪問した先進研究所である。過去にも研究所を訪問し、新事業のタネになった新技術や新製品をどのようにして生み出したのかを拝聴したことがあったが、今回は第二の創業を支えるための研究開発と新規事業戦略に絞り、詳細をお聴きする機会を得ることが出来た。

最初に先進研究所の概要を、執行役員 R&D統括本部 先端コア技術研究所長の浅見正弘氏よりお聴きした。2006年10月1日付けで持ち株会社に移行し、社名も「富士フィルム」に変更されたのに伴い、先進研究所のミッションも、「映像と情報文化」の創造から「クオリティ・オブ・ライフ」の向上へと変わった。持ち株会社の傘下には、富士フィルム、富士ゼロックス、富山化学の3事業会社が存在する。

コア技術による事業分野としては、高機能材料、光デバイス/システム、情報システム/ソリューションの3分野が設定された。R&D統括本部には、コーポレートラボ(CR)とデビィジョナルラボ(DR)が併存する。先進研究所はコーポレートラボである先端コア技術研究所、アドバンストマーキング研究所、有機合成化学研究所を持ち、デビィジョナルラボには、フラットパネルディスプレイ材料研究所、メディカルシステム開発センター、エレクトロニクスマテリアルズ研究所、医薬品・ヘルスケア研究所があるが、医薬品・ヘルスケア研究所には先進研究所も関与している。先進研究所のアイデアは、内部でフィージビリティーを良く検討してから、新しい製品として仕上げるために、デビィジョナルラボでの開発へと移行される仕組みとなっている。

製品開発プロセスは、以前は成果が出てから次の段階へ移行するリニアモデルだったが、開発促進のために、各段階でのイノベーション連鎖モデルへと変更された。その結果、先進研究所の目的は、先進製品の開発と基盤強化となった。

研究所の目的を一言で言えば、「新たな価値の創造」であり、そのためには「融知」し(異分野・異技術を摺合かつ融合する)、「創新」し(新たな差別化技術を創出)、「新たな価値の創生」すること(未来社会に貢献する具体的な成果を上げる)を目指している。

先進研究所の4研究所では、主として以下のような分野の研究を実施している。

  1.  先端コア研究所
    フォトニクス、ナノテクノロジー、機能性材料などを中心とした将来のコア技術構築。 
  2. 有機合成化学研究所
    有機エレクトロニクス、環境・エネルギー材料、アドバンストマーキング材料など高機能性有機材料の研究開発。
  3.  アドバンストマーキング研究所
    インクジェットを初めとする新しいマーキング技術の材料、デバイス、システムの研究開発。
  4.  医薬品・ヘルスケア研究所
    デビィジョナルラボでナノ乳化分散技術を活用した医薬品の開発を実施。
    研究スペースは大部屋制度を採用していて、異なる分野の研究員が3階に同居している。また、情報共有エリアとして、外から見えるオープンスペースを、情報交流エリアとして、図書館でコーヒーを飲みながら交流する「ナレッジカフェ」を設置した。

次に先進研究所内部の見学を行った。見学中に気の付いたところのみを簡単に記した。

  1. 全体の構造 
    敷地は約3万坪、建物は5,000㎡、コの字型の6階建て、従業員は約900名おり、研究者が約450名、助手が約400名の構成。1階は天井が高く作ってあるが、これは開発設備の設置を考慮したため。
  2. オープンスペース 
    中庭から実際に使用中のオープンスペースが目撃された。熱心なディスカッションが行われている最中であったが、パソコンやプロジェクターは全く見られず、全員が白板、紙、付箋紙など典型的なアナログ手法のみを使用しているのが意外であった。案内者に問い合わせたところ、相手の目や表情を直視し、白板の内容に集中するためにはこの方法が良いとのことであった。最近若い研究員同士がややもすればパソコン経由で対話し勝ちで、直接の対人接触を避ける傾向にあることが、多くの組織で問題視されているが、先進研究所の運営方法は、それを打破する可能性があり注目される。
  3. 有機合成研究室(5階)
    研究室は、入口側が研究員スペース、奥側が実験スペースとなっている。同じ機能の実験は、別の研究室の研究員が一緒のスペースで実施するので、研究室間の交流が日常的に可能な仕組みになっている。
  4. クリーンルーム(2階)
    クラス1000のクリーンルームは、仕切りのない大部屋方式で、設備を共同使用している。
  5. 食堂 スペースの有効利用のため、講演やプレゼが可能な構造。
  6. ミネルバ像 研究所のシンボル、ミネルバ像と標語が研究所玄関に設置されている。
  7. コラボ実験室
    他企業とのコラボのために作ったが、現在は会議室として使用。具体的なコラボの実施場所としては、具体化していない様子。
  8. 屋上庭園   
    見学終了後、富士フィルム取締役 常務執行役員 R&D統括本部長 兼 富士フィルムホールディングス取締役 執行役員 技術経営部長の井上伸昭氏より、「第二の創業を支える富士フィルムの研究開発と新規事業戦略」と題した講演をお聴きした。

【1】富士フィルムグループの概要と変遷
創立は1934年、2010年度の連結売上は2兆2171億円、営業利益は1364億円、従業員は7万9千人で、連結企業は239社に達する。
生産拠点は世界4局体制(日本、米国、欧州、中国)を取っており、消費地に近い所で生産するが基本である。
デジタル時代の到来を迎えた時に、企業として実施したことは以下の3つに要約される。

  1. デジタル化の準備 当時の上田副社長の主導で実施。
  2. 感光材料は未だ伸びる考え、新製品「写ルンです」の上市。
  3. デジタルでも感光材料でもない新事業の開発。

【2】第2の創業
2000年をピークとした、年率20%を超えるカラーフィルムの需要ダウンを背景に、強靱な企業体質の構築が必要との判断から、2004年に「VISION75」を策定した。その中で、新たな成長戦略、徹底的な構造改革、R&D強化を実施した。2006~2007年は日本経済の成長と円安傾向にも助けられ赤字を防いだばかりでなく、2008年度は売上高、利益共に史上最高の業績を確保出来た。
しかし、その後のリーマンショックを経て、2010年に営業赤字を計上するに及び、二度目の構造改革を行っている。企業体質の強化と成長を同時達成することを目標に、2兆3千億規模の売上でも営業利益率10%が達成可能な経営基盤の構築を目指した。一つは機能の簡素化による固定費削減でスリム化すること、もう一つは重点事業分野で新製品の開発・市場導入で成長することを同時達成することである。

【3】重点事業分野
成長戦略に合致する重点事業分野は、メディカル/ライフサイエンス、デジタルフォト、光学デバイス、グラフィックシステム、高機能材料、ドキュメントの6事業分野である。

  1. メディカル/ライフサイエンス事業
    従来の診断機器や診断薬中心の事業から、予防や治療を含めた総合的なヘルスケア事業へ更なる拡大を目指す。
  2. デジタルフォト事業 
    撮影から出力までの写真の楽しみをトータルに提供する。
  3. 光学デバイス事業
    差別化・高付加価値化商品の投入により、各市場で高いポジションの確保を狙う。具体的には、光学技術と精密加工技術を武器に、携帯電話用レンズユニットや業務用レンズの開発を行っている。
  4. グラフィックシステム事業
    デジタル化への積極的な対応のため、CTP(Computer To Plate)の生産・販売強化により、世界シェア-40%を目標とし、またデジタルプリンティング市場では、No.1のデジタルプリンティングソリューションカンパニーを目指す。
  5. 高機能材料事業
    エレクトロニクスや環境・エネルギー分野において、高機能性材料の販売を強化する。液晶ディスプレイ分野では、偏光板保護フィルムで世界シェア-80%を、視野角拡大フィルムで世界シェア-100%を目指す。
  6. ドキュメント事業
    顧客へのトータルソリューションを提供することにより、ソリューション事業の確立と成長を計る。

【4】R&Dの変革
第二の創業を達成するためには、R&Dの貢献は必須との認識から、会社としては利益増減に囚われずにR&Dに投資するが、同時にR&Dも生産性を向上することで、その期待に応えることが求められており、そのための組織改革を実施した。
銀塩時代は、R&Dで開発した商品を売るという姿勢だったが、R&Dの組織改革では事業戦略に沿った製品開発へと舵を切った。そのため、機能と役割を明確にしたR&D組織に再編され、全社R&D戦略の立案と推進のために技術戦略部が、事業とR&Dのリンク強化のためにディビジョナルラボが、技術基盤強化のために技術・開発センターが、先端研究強化のために先進研究所が設立された。
研究テーマについては、事業性の厳密な評価を実施するため、ステージゲートシステムを採用した。
新規事業を創出するために、自社技術のみに依存することは避け、オープンイノベーションを加速させている。パートナーとしては、産官学あるいは産産の連携を積極的に追求していく。
R&D組織再点検の結果、R&D関連部門長と事業部長によるテーマ認定会議が設定された。プロジェクトを円滑に遂行するために必要と認識されたためである。

 

【5】新事業・新規技術開発
新事業・新規技術開発として、高機能フィルム、産業用インクジェット、医薬品の具体例の説明があったが、詳細は省略する。
講演終了後、質疑応答の時間を持った。講演内容が多岐に渡り、アナログからデジタルへの転換に成功しているため、関連した質問が多く出されたが、要旨のみを下記に纏めた。

  • 技術導入、共同研究、M&Aをやろうとしても、自社研究していないと相手の技術評価が出来ないであろう。M&Aの可能性もあると思うが、新規事業を創出するため、自社技術開発とM&Aとのバランスはどのように考えている
     → コアは自社で作りたい。自社技術とのシナジーがあれば、M&Aを行う可能性はある。最近は自社だけで最終商品まではやりきれないことが多く、他社との協力が必要となる。コア材料は自社で作りたいと思っている。
  • ステージゲートで、最初のアイデア段階での判断はどうしているか?
     → この段階でトップダウンもある。基本的にはフィージビリティーを検討させ、マイルストーンを決める。ただ、コーポレートでは、10~15%のテーマは、この段階ではわざと管理しない。特に長期テーマはその対象にしている。最初は自由度を高くし、事業化が近くなると審査を厳しくするのが原則だ。
  • 技術戦略部の陣容は?
     → 約20人。ここ以外にDRにも企画担当は居るので、彼らとの交流が大切。
  • DRが強くなってくると、R&D統括本部が不要にならないか?
     → R&D予算からの歯止めがある。
  • 研究のコンセプトを営業へ通すやり方は?
     → デジカメでは、市場変化のスピードへ新製品をマッチングさせる努力を行った。
  • 事業部のニーズに合っていないと判断されたテーマの取り扱いは?
     → グラフィックアーツの場合は、最初は全社で面倒を見る。最終的には事業部に直下する。産業機材事業部という組織があり、どこの事業部にも所属しないものの受け皿として機能している。2011年度で売上の3%程度の規模。
  • 成果の評価はどうしているか?
     → マイルストーンは毎年評価している。途中の評価では、売上への貢献と長期的貢献は分けて評価している。
  • 研究のグローバル展開状況は?
     → 海外拠点(米国、英国)の有効活用で対応している。
  • 製品の色のコントロールは?
     → 塗料は自社では関与していない。カラーコーディネートは可能性あり。

過去の訪問では、富士フィルムの製品はR&D主導で生み出され、研究員は大きな自由度を持って研究している様子を強く感じた。そうして出て来た新製品がいくつか揃った時点で分野毎に纏められ、改めて新規事業分野が設定されていた印象を受けた。今回の講演では、研究の生産性向上のため、早い時期からフィージビリティーをさせ、事業性の高いテーマに絞り込みたいという意志が明確に示された。自由な研究員の発想と、事業性の高いテーマの絞り込みのバランスをどう取るかは、どこの企業でも課題であり、それぞれの企業の強みと弱み、企業文化、競合状況など様々な要因が判断に影響するため、一律では決めがたいところである。富士フィルムでは、ステージゲートでフィージビリティーを重視しつつ、CRでは10~15%をわざと管理しないで自由研究させたり、どこの事業部でも引き受けないテーマに全社的な受け皿を設定するなど、管理と自由とのバランスに配慮が見られる。管理に行き過ぎず、このバランスが旨く取れれば、継続的に新製品・新技術が生まれ、それが新規事業として企業の永続的発展に繋がると期待される。
  R&Dの永久的な課題であるCRとDRのバランスでも、他社が学びたいモデルへと発展する可能性も高く、10年後には成果をぜひ聞いてみたいものである。(文責 相馬和彦)

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