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2010-08

激変の時代、新たな創造への挑戦 — キヤノン (株) 里村 博 氏

と き : 2010年07月16日(金)
会 場:東京理科大学 森戸記念館
ご講演 : キヤノン  (株) 総合R&D本部副本部長   里村   博  氏 
同本部 顧問          松田 弘人 氏

21世紀フォーラムの第6回では、キヤノンのお二人の方からお話をいただいた。総合R&D本部副本部長の里村博さんと、総合R&D本部顧問の松田弘人さんであり、「激変の時代、新たな創造への挑戦」と題して、先端技術を切り開く日本屈指の企業であるキヤノンの新たな戦略である。

 

里村さんはまず、キヤノン全体の2009年度の売上高、利益が大幅な減少になったことから話を開始された。まさしく激動の時代であり、何年か前にキヤノンのお話で、売上高、利益ともに数十年にわたって伸び続けている事実を右肩上がりのグラフで紹介されたことを思い出して、いまはまさしく激動の時代であることを実感させられた。そこで、新分野の開拓が必須であるが、主要なものとして医療用イメージングと知的ロボットを挙げられた。光学、精密技術の新たな展開であり、蓄積してきたプラットフォーム技術を活かし、キーデバイスとしてCMOSセンサーをより高度なものとしていく戦略である。どちらも大規模市場に対して大量生産によって大型の売上高を目指すものではなく、日本の企業が目指す新たな分野は、もはや量ではないことを思わせる。
こうした新分野においても国際的な競合は厳しく、基盤的技術の拡充と尖った技術の開発が重要であり、尖った技術としてはスバル望遠鏡を一例として挙げられた。その戦略の基本は、技術、人、知識、情報の充実である。
里村さんが担当されたのはキヤノンの主力製品である複写機で、それについて具体的なお話があった。まず、ここでもかと驚いたのが、サムスンが強いライバルになってきていることだ。これからはゼロックスとの3社の競合になる。サムスンに対しては、やはり新興国での競合が重要であり、電圧が低下する、ゴミが多くカバーが必要になる、自転車でゴトゴト運ぶなど先進国では考えられない状況があるので、それへの対応が必須であるとのことであった。日本の製品開発が抱える新たな課題である。もちろん技術の高度化が必須で、サムスンの先を行く複雑化、システム化、ソリューション提供などを進めていく。
長期的には、技術の価値が変化する時代であり、それをしっかり見通して開発のロードマップを作り、それに基づいた戦略的な迅速な意志決定能力が不可欠であるとされた。その根本は人間力であり、人財であるという。
松田さんは、キヤノンの主力製品の一つであるプリンターを担当されてきていて、そのお話が中心であった。キヤノンは、画期的なバブルジェット・プリンターを開発して世界を大きくリードしてきたのだが、当初はきわめて困難な技術と見られていた。ところが、偶然にもインクを沸騰させれば瞬間的な噴出ができることを発見して、道が開かれた。
ところが、リコーが3日前にバブルジェット方式の特許を出願していた。そこで、膜沸騰というリコーとは異なる原理を主張して、その特許が認められた。知財活動の重要性を言われたが、いまでは常識になった知財戦略をキヤノンは20数年前から実現していたのであり、キヤノンでは、レポートを書くより、特許出願文を書けと早くから言われていた。
その開発に際しては、将来への見通しが確かでない時期から、社外からの人材確保、部門を横断して人材確保を進めて全力投入した。経営幹部の明確のビジョンと実行があったのだ。その開発に当たっては、開発グループは燃えに燃えて、5日もの合宿を繰り返した。いまのキヤノンでは、ありえないことだと言う。開発の成果を挙げて事業化を決めたが、一大プロジェクトとして、各事業部門からトップを総動員してプロジェクトに関与させた。
なお、米国のHPもバブルジェット方式を開発していたが、お互いに交流して、結局はキヤノン製品をHPが自社ブランドで販売することになった。これはキヤノンには意外な企業関係である。いわばOEM生産であるが、これから中国企業などとは、大企業であってもこうした関係が望ましい例が少なからず出てくるのではないか。
その後も、バブルジェット・プリンターはキヤノンの主力製品であったが、一時期はエプソンにトップの座を奪われるなどあって、第二世代で超ローコストのヘッド開発、第三世代での生産工程の大幅な変更、ノズルヘッドの一体形成などの開発の話をされた。キヤノンの高い技術開発力の見事な成果である。
だが松田さんは、これからの技術開発に対して、強い危機感を持っていられるようだ。お話の始めに、このプリンターの後に、キヤノンは大型の画期的な新技術開発、事業化を一つも達成していないとの意外に思える指摘をされた。
最後に再びそれに触れて、いまキヤノンの技術開発が真に高い能力を持っているのかどうか、安心はできないとの思いのようであった。それは、かつてのような大きな夢への粘り強い挑戦と企業の多くの部門を結集しての全力の発揮ができるのかどうかということだろう。かつてと違うのは、若者の意識、企業組織の大規模化であり、日本の企業のすべてにとっての最も重大な課題である。

コーディネーター/文責  :  放送大学 名誉教授 森谷正規 氏

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