Home > アーカイブ > 2014-06

2014-06

日本の漁業の未来/高級マサバの海水井戸による早期養殖 鳥取県栽培漁業センター

《と   き》2014年3月14日

《訪問先 》鳥取県栽培漁業センター(鳥取県・東伯郡)
 
《講  師 》同センター 所長 古田晋一氏
《コーディネーター》テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長 相馬和彦氏

 

 2013年度後期の第5回は、3月14日に鳥取県栽培漁業センターを訪問した。近年日本料理が世界遺産に登録されたように、ヘルシーで素材の味を生かした美味しい日本料理は、一部の好事家の好みを脱し、一般人を含めた世界的な普及段階に達している。また地球規模では、人口増大に伴う蛋白質資源獲得のため、発展途上国を中心として水産資源が注目されている。一部の魚は既に乱獲状態となり、水産資源の枯渇が危惧される状態となっている。そうした環境を踏まえ、日本では貴重な魚種を中心として、養殖による水産資源の確保が、従来に増して重要な課題になりつつある。

 水産資源の養殖では、近畿大学のマグロ養殖がマスコミに取り上げられているが、鳥取県栽培漁業センターでは、海水井戸を用いたマサバの養殖に成功しており、天然や海面養殖マサバで危惧されていた寄生虫の感染が避けられることもあって、刺身での安全性からも注目されている。また、海面養殖ではなく、海水井戸を用いた養殖という点でも特徴があり、水産資源の陸上養殖という観点からも関心を持って訪れた。

まず鳥取県栽培漁業センター所長の古田晋平氏より歓迎のご挨拶と施設の説明を頂いた後、すぐ長靴に履き替え、センターの見学を行った。

都道府県の漁業センターは全国に61ヶ所設置されており、鳥取県にはここ1ヶ所ある。他県の漁業センターは、稚魚の放流を主としているが、鳥取では放流はせず、栽培をしている。センターの目的は、①作り育てる、②水産資源の育成、③環境保全である。技術者が20名、支援が15名居り、民間で事業化するための技術移転、技術指導を役割としている。

見学した順番に施設の概要を纏めた。

1.アワビ稚魚飼育

 クロアワビの稚魚を1~1.5年飼育して魚業者に販売する。現在毎年1万5千個生産しているが、これを年当たり10万個に拡大する予定。1年3ヶ月~5ヶ月飼育された稚魚が、光を嫌うため、水槽に置かれた板の裏側にびっしりと付着している。この段階では貝殻が青いが、放流後には褐色に育つ。3㎝くらいの大きさで放流すると、生存率が高くなることが分かっている。海水は10-30℃、井戸は15-20℃なので、海水井戸で養殖するのは稚魚の成長にプラスとなっている。

 海流や海草等でアワビが好む場所に放流すると、生存率は向上する。産地にはこういうノウハウの蓄積がある。放流アワビは、青い部分が成体になっても残るので、放流アワビかどうかの識別は可能である。鳥取県のアワビ漁獲量の半分は、放流アワビが占める。組合が稚魚を10個600円で購入し、漁師は10個の放流稚魚当たり3個の成体を収穫出来る。それを3,000円で売るので、漁師にはメリットがあり、稚魚を購入している。

2.キジハタ養殖

 キジハタは5,000円/kgはする高級魚である。ウイルスに弱いため、海面養殖では不安定であり、陸上循環飼育に適している。廃熱利用を前提として、25℃で育成している。中型の飼育槽の中に1,500匹ほどが飼育されている。飼育槽→沈殿槽→懸濁物除去→アンモニア分解→飼育槽と水を循環使用している。

 目標は2年間の飼育で500gへ成長させることで、今年の1月からシステムが稼働している。

3.マサバ養殖

 マサバの養殖は、四国、九州で天然養魚の海面養殖が実施されているが、幼魚の収得が不安定であること、海温が上昇していること、寄生虫がつくことなどの理由のため、鳥取では陸上養殖の検討を行っている。

 平成24年から検討を開始したが、成長は早く、体長10㎝、体重500gの成体が10ヶ月で得られた。5,000円/kgの売値が可能。飼育密度と成長速度の双方向上を目指している。今のところ飼育密度は2%程度が良さそうである。直径4m程度、水量10トンの水槽が4個並んでいて、約600匹のマサバが飼育されている。魚粉と穀類を配合した飼料を外部から購入して使用している。

4.アユカケ

 聞き慣れない名前であるが、red data bookに記載された希少種で、天然では減少している。カサゴ目カジカ科。体長は最大で30cm。

 淡水魚で美味である。海水で産卵し、河を遡上するが、遡上が不得手なため減少している。養殖技術を民間に移転することを目標に、開発している。人工的に採卵し、受精させる。稚魚は底に居るため、小型槽で密度高い養殖が可能。

 

 施設の見学から戻り、「鳥取県における栽培漁業の可能性」と題する講演を、吉田晋平所長から頂いた。

 このセンターでは、海水を450t/h、海水井戸3本から200t/h汲み上げて使用している。前者は主に海藻に利用している。海水井戸はもう1本追加中である。

 漁業の課題は、漁獲量が世界中で増大したため、再生産が出来ない状態になってしまったことであり、栽培漁業へ転換する必要がある。

 漁業センターは国営が16ヶ所、都道府県が61ヶ所、市町村のものも加えると、100ヶ所以上ある。

 センターは最後のターゲットに達することを狙っている。

   魚種選定                      ニーズ、収益性、技術的可能性、国・県の役割             

     ↓

           種苗生産技術                  排卵、餌、飼育環境

                   ↓

           種苗量産体制づくり      大量、省力、省コスト

                   ↓

           資源生態の解明              分布、移動

                   ↓

           放流技術開発                 

                   ↓

           放流効果の検証              回収率

                   ↓

           放流事業化                   種苗の有償化

 全国規模では、現時点で魚類は32~3種が放流されており、それ以外に甲殻類、貝類、など様々な水産資源が事業化されている。

 鳥取県のセンター設立後33年経過したが、今までに水産物15種が開発され、8種が有償化されている。有償化されたのは、ヒラメ、アワビ、サザエ、バイ、アユ、イワガモ、ワカメ、アラメなど、開発中のものは、キジハタ、マサバ、アユカケ、クロメなどである。

 漁業が直面する全国規模での課題は多い。

①放流効果の不振・低迷。海の環境悪化、魚群の移動などによる。

②漁価の低下(経済効果)。例えばサザエの価格は1/3になってしまった。

③漁業者の減少(高齢化、従業員不足)。

④経費負担機能の低下。

などであり、これをカバーするためにも、養殖漁業の導入や企業の参入が必須である。

 ただ養殖業にも課題はあり、それらの解決法が求められている。具体的には、

①海面養殖 種苗の安定確保*、販路・収益性*、疫病、水温上昇、赤潮対策

②陸上養殖(①の*印の項目は②にも共通)

 外海水掛け流し 疫病対策、夏季水温上昇

 閉鎖循環式   水質維持、イニシャルコスト、ランニングコスト

などが存在している。海水井戸を使用すると、水温が安定している(15~20℃)、水質が清純な利点がある。水源としては、浜井戸、岩盤井戸の2つの方法がある。

 漁業に対する鳥取県の振興策は、下記の通り。

Step1.適地づくり  県の役割

Step2.技術づくり  センターの役割

Step3.経営体づくり 企業への支援、技術および経費

 マサバは現在海面養殖が行われているが、稚魚は国産と中国からの輸入であり、稚魚の確保が不安定、海水温の上昇、輸送コスト負担などがあって、生産量は50t/年で漁獲量全体の1%程度に留まっている。

 マサバ陸上養殖の今後の課題は、種苗の量産技術・体制、省コスト(飼育密度、成長速度)、品質向上・安定化、種苗生産時期のコントロール、収益性向上などの解決である。

 キジハタで陸上循環養殖を目指しているが、水質の維持(脱窒素)、設備投資の低減などが課題として残っている。

 鳥取県流の技術の特徴は、井戸海水による陸上養殖では、やや冷たい水を利用すること、閉鎖循環システムによる陸上養殖では、暖かい水を利用することにある。この利点を生かし、最適の魚種に応用することを期待している。

 

 今回の訪問は、従来のものづくり企業と異なり、「異業種・独自企業研究会」の名に恥じない正に異業種でかつ特徴あるセンターを訪問出来たので、講演終了後の質問やパーティーでの議論も期待通り幅広くかつ活発になされた。質問の要旨のみ以下に纏めた。

①ターゲットにする魚種の選択はどうやっているのか? 最初は漁価の高いもの、希少なものなどの観点から選び易いと思うが、開発が進むにつれて、対象の選択が段々難しくなってしまうのではないか?

 → 海面養殖されている魚種は数が多く、それらの問題点を解決するために陸上養殖するという観点で選べば、候補となる魚種は沢山ある。

②循環式栽培は野菜でかなり普及している。イニシャルコストやランニングコストを抑えることで、野菜栽培からアドバイスを受けることが出来るのではないか?

 → 水産資源の循環式養殖は電気代が高く、経済性はかなり難しい。

③ブランド化することは考えているか?

 → 海面養殖はやりつくされた段階。陸上養殖は、安全性・安心性、早い成長などのメリットがある。稚魚飼育の技術にはノウハウが多く、オープンにしていない。特許化は未だやっていない。

④マサバの寿命およびサイズは?

 → 堺港の漁師に聞いたところでは、天然のものは8歳、3kgが限度のようだ。陸上養殖では、短期間に大サバのサイズにしたい。ただ、料理人に聞き取り調査したところでは、500gでも大きすぎ、400gくらいが好ましいという反応もあった。400gだと短期間の飼育で達成出来る。

⑤エサの中味に魚粉を使用しているが、資源保護のため天然物を使用しない方法は可能か?

 → 魚粉の原料は、アルゼンチン産のイワシを使用している。エサの魚粉量を下げる検討はしている。

⑥カキをタンク培養したら、成長は早くなるか?

 → イカダ養殖よりもコストが高くなってしまう可能性がある。

⑦ワカメにLED照明は効果あるか?

 → ワカメに試したことはない。クロレラでは効果があった。

⑧水槽のサイズが不揃いだったが、揃えることは可能か?

 → 共食いすることがあり、途中で選別が必要なため、不揃いのサイズになっている。大きすぎると作業が遣りにくくなる。マサバでは、工業化時には、もっと大きな50tの水槽まで拡大することは可能。

⑨農水省による生産調整の報道が有ったが?

 → 小企業による生産過剰があり、これに対する対策である。また海外からの輸入品にも対応が必要である。

 

今回の訪問では、水産資源の海水井戸を利用した陸上養殖という独自技術を見学し、しかも講演終了後のパーティーでは、平井伸治県知事も出席され、センターで育てたマサバの刺身が試食出来るという幸運に恵まれた。マサバの刺身は、シコシコと歯ごたえがあり、ほのかな甘みも感じられ、滅多に味わえない機会に出席者は大喜びであった。知事、所長、鳥取県庁の水産関係者と、日本の水産業が直面する課題と取り組み、企業が協力する可能性などについて、率直な意見交換が出来たことで、鳥取まで出掛けてきた価値が十分にあった。また、鳥取県の出席者から示された水産業振興に対する熱意にも敬服した。

水産業に限ることではないが、広い意味での日本におけるものづくりは、戦後最大の岐路に立っている。本当の底力は、困難に直面した時にこそ発揮され、本当の能力は、越えるべき壁が高いほど発現されるはずである。鳥取県での努力に敬意を表するとともに、これは我々自身の課題でもあり、我々自身が解決しなければならないことを痛感させられた訪問となった。

                                          (文責 相馬和彦)

 

Home > アーカイブ > 2014-06

メタ情報
フィード

Return to page top