Home > アーカイブ > 2012-08

2012-08

世界一の高さを誇るタワー 東京スカイツリーの建設/大林組 田辺潔氏

 2012年度前期 「イノベーションフォーラム21」第5回では、去る8月8日に、『世界一の高さを誇るタワー 東京スカイツリーの建設』のお話を、大林組建築事業部生産技術部長の田辺潔さんからお伺いした。
 その建設に採用された技術は、挙げればキリがない。心柱によるタワー全体の制振装置、頂部にあるゲイン塔の制振装置、ゲイン塔のリフトアップ工法、軟弱な地盤で強固な基礎を作るためのナックルウォール、クレーン積み荷の回転を防ぐフライホイール、日射で曲がる塔の精度を出すためのGPSの活用などである。
 この建設は、未知への挑戦である。例えば、500-600メートルもの高度であるから、自然現象も非常に複雑で、風はカルマン渦を生じて不規則に変わり、上部ではかなりの気温の低下があり、日射による曲がりもこれだけ高くなると相当に大きい。これらが建設作業に大きく影響する。
 また軟弱な地盤の限られた狭い土地であり、工事用地に余裕が無く、しかも周辺には住宅地や鉄道などがあって、それへの影響を極力防ぎながらの短期間での建設である。
このような状況であるから、次々に生じる難問を現場で一つ一つ解決しながらの建設であり、その労苦は想像を絶するものがある。しかも、工期は、東日本大震災で諸材料の納入が遅れたことがあって、2カ月だけ予定より遅れただけであった。
 このスカイツリーを完成させたのは、実に見事な組織力とリーダーである田辺さんの素晴らしい統率力である。私は、コーディネーターとしてのコメントに、かなり古い話ではあるが、NASAが行った『アポロ計画』にも匹敵すると述べた。この月着陸の壮大なプロジェクトについては、当時、このような巨大な組織力は、日本ではありえないだろうと言われていた。アポロ計画は、膨大な研究開発成果の結集であり、スカイツリーは、現場での非常に多くの問題解決の集積であり、内容には違いがあるが、組織力の成果であるのは同じである。未知への挑戦の面でも、同じである。
 このような現場が中心になる組織力は、日本は非常に高いのであり、これからさまざまな分野で発揮していくことができるだろう。
ただ、強調しておくべきことが一つある。それは、このスカイツリーの建設は、極めて大きなリスクを賭けての挑戦であったことだ。最後に田辺さんが漏らしたのだが、ゲイン塔は3000トンもあって、その吊り上げに際して何らかのトラブルがあって、地上に落下させてしまったら、その収拾は想像も出来ないほどの難じになる。大林組が、吹っ飛んでしまうことにもなりかねない。それを、社長はやると決断したのである。自社の技術力への絶大な信頼があったからだろう。

 このスカイツリーは、とても美しい姿を見せている。これも、日本の誇るべき技術である。こうしたタワーや超高層ビルなど非常に高い建築物はほとんど、鉄骨・コンクリート構造である。その方が技術は易しく、コストも低い。だが、スカイツリーは、鉄骨だけの構造で建てた。それが、非常に美しい姿をもたらした。

 中でも特記すべき、下部は三本の主柱による三角形で、上部にいくにしたがって円になるという複雑な形状にしたことだ。それによって、見る角度によって「そり」と「むくり」で構成されるカーブが微妙に異なってくる。この「そり」は、日本刀の曲線であり、「むくり」は寺院などの柱の膨らみの曲線である。つまり、日本の伝統的な美意識がここに再現されている。
なお、エピソードだが、建設中に、「曲がっています」、「傾いています」という見知らぬ人からの電話が時折かかってきたそうだ。場所によっては、そのようにも見えるらしい。
当初の予想の3倍もの入場者で、今は大盛況だが、やや収まったところで是非行きたいものだ。  (文責:森谷正規)

文責 森谷正規

 



老舗にあって老舗にあらず、147年間の革新と不動の理念/鈴廣蒲鉾

 2012年度前期「異業種・独自企業研究会」第2会例会は、去る6月28日に、小田原市の鈴廣かまぼこを訪問した。鈴廣は慶応元年(1865年)に創業され、147年という長い期間業界トップとして存在してきた老舗である。創業以来、時の経過に伴って政治的・経済的環境が激変し、顧客の嗜好も変化する中で、147年間業界トップとして生き残るためには、伝統と革新の狭間で老舗ならでは苦労を重ねてきたはずである。
 企業が100年を超えて繁栄することは、容易なことではない。明治29年(1896年)の時点で日本企業トップ100社リストに名前を連ねた企業で、昭和57年(1982年)のトップ100社リストには1社しか残っておらず、99%の企業がリストから脱落した結果、企業の寿命30年説が提唱されたことは記憶に新しい。
 この傾向は近年更に加速し、1995年時点でFortune500に名前を挙げられた米国企業500社の中で、17年後の2012年には、僅か65社しか残っておらず、87%の企業が脱落したというデータもあることを考えると、147年間業界トップの地位を維持してきた鈴廣の経営方針から学ぶことは極めて多い。
 鈴廣の経営方針を一言で言えば、「老舗にあって 老舗にあらず」と聞いている。伝統と革新をどのように維持・実行するかは、企業の永続的発展を願うものには、極めて重要な課題であり、その点からも大きな期待を持って訪問した。
 到着後最初に恵水(いすい)工場を見学した。工場5階通路の大きな窓から見下ろしながら、各工程の説明を受けた。小田原でかまぼこが特産となったのは、相模湾で捕れる豊富な魚が余ったため、加工して保存商品を作ったこと、参勤交代の折の土産になったこと、水が良質であったことなどが理由であった。かまぼこの価格は、魚の使用割合と魚の種類によって決まる。

  1. 擂潰工程 日本近海で捕れるグチをすり身にする工程。ここで天然塩を添加すると、タンパク組織が網の目状に変化する。製造工程では防腐剤は一切使わず、天然の調味料のみを使用している。原料のグチの価格は昔の倍となり、他の魚も高止まりしている。中国、韓国による乱獲の影響。不漁期には輸入冷凍擂り身を使用する。一般に輸入冷凍擂り身には燐酸化合物が添加されているが、鈴廣で使用する冷凍擂り身は海外自社工場で生産するため、燐酸化合物は使用されていない。
  2. 型に作る工程。自動化されている。だて巻きのみ手工程。
  3. 加熱調理工程。湯、蒸気、油、火で加熱調理している。
  4. 冷却工程。
  5. 包装工程。
  6. 箱詰め、出荷工程。
  7. 製造工程の後、生産計画・調達・出荷担当部署、品質保証・研究開発担当部署、工場へ出入するための着替え・エアシャワー工程を見学した。クリーン度は包装室で10万。

工場見学終了後、鈴木博晶社長と鈴木悌介副社長のお二人から別々の講演が行われた。お二人は長男、次男の関係にあり、三男はミシュランで星を獲得したレストランと料亭を経営している。鈴木社長は講演後に退席されたため、社長への質問はその前に実施したが、質疑応答は鈴木副社長への質問と併せて最後に記載した。

最初に、「ほんものづくりとは?」~本当に体に優しい食とは~と題した講演が鈴木博晶社長より行われた。

  1. タンパク質の大切 
     魚は20種類のアミノ酸をバランス良く含んでいる。ペプチドには健康機能性があり、以前は特定が困難であったが、最近解明が進んでいる。例えば、活性酸素の除去、ガン抑制、血糖値上昇抑制、ボケ防止などが知られてきた。ガン抑制では、マウスにかまぼこを与え、かまぼこ量を増加するとマウスのガンが抑制されるとか、ボケ防止では、かまぼこによりβアミロイドが減少するなど科学的データが得られつつある。
     鈴廣のコアコンピタンスは、「魚の特性を知り尽くして、魚のタンパクを操る技術」であると考えている。そのために、自社でタンパクの解析を実施している。実例を挙げると、
     ① タンパク組織の視覚化
     魚はサイズの差で筋組織が異なり、これが歯ごたえに影響している。かまぼこの組織と弾力(食感)との関係を視覚化した。
     ② 遺伝子解析による厳密な品質管理
     原料となる魚の種類を、遺伝子レベルで厳密に管理。
  2. 水のこと、塩のこと
     日本の塩が変わってしまった。50年前は専売公社の食卓塩が97%を占めていたが、現在ではほぼ100%となり、味が劣化 してしまったため、天然塩に切り換えた。使用水の品質は、pH、クラスターなど色々な尺度で測定している。
  3. カラダに優しいとは
     消化性はメーカーにより差がある。化学品が無添加ならば良いのか、発がん性がなければ良いのかなど、品質の考え方にも差がある。添加物の影響ばかりでなく、製造条件も影響することが分かっている。
     精製され過ぎたもの、効率よく分解・抽出されたもの、安易な目的で使われたものなどに日常晒されている日本人の味覚は大丈夫なのかという危惧が強い。味覚への影響を懸念している。

引き続き鈴木悌介副社長より講演を伺った。

  1. 「老舗にあって、老舗にあらず」
     社是は「老舗にあって、老舗にあらず」としている。老舗という言葉は、外から言われる言葉で、自分から言う言葉ではないが、何か困った時に戻る原点としている。
    「老舗にあって」は、守るべきものは、守る姿勢であり、「老舗にあらず」は変わるべきものを変える姿勢であるが、その両方を100%やり切る。特に客に対する姿勢。客は神様だとは考えず、正面を向いて対応するが、自分達の仕事のやり方は変える。
  2. 食べ物のいのち・「食」の仕事
     「食するとはいのちをいただき、いのちを移しかえること」であり、その一翼を担うことが自分達の仕事と考えている。そのため、製品への無添加を実行した。また、品質保証のため、工程の改善・改良を行った。自分の大切な人に食べさせたくなる食品を作ることが基本だ。
     こういう考え方なので、金儲けのための海外進出には興味ない。売上を増加させることよりも、天然資源の持続に関心が大きい。魚の2~3割は捨てられており、これを活用出来ないかに関心がある。かまぼこではなく、タンパク室として利用する技術を開発中。食品研究所で、ペプチドへ変換を5人のPh.D.で検討している。
     原料は自分で調達している。海外の3工場で冷凍擂り身を無添加製造している。グチの代替も検討中。契約漁師は魚をトロールでは捕らず、資源保護のために釣り、刺し網に限っている。
  3. 3.11から学んだこと
    3.11以降考え方は変わっていない。それまでの考え方で良かったことが確認出来た。今後の予定としては、2015年に社員の給与を30%アップすることにしており、そのために140%の生産性向上を行う必要がある。140%向上するための具体策は、
     ①社員の働き方を変える。
     残業をやらず、仕事以外の家族や個人へ時間を使う。以前もトライしたが、旨く行かなかった。
     今回は夕方6時に消灯し、限られた時間内に成果を上げる環境を作っている。
      ②間接部門は、出勤日の内で1日は現場に出る。それも手伝いではなく、精機業務として5日の内で1日は現場勤務する。 現場との理解、意思疎通が深まっている。
     この二つを実施していけば、140%のアップは可能と期待している。ゼロベースで仕事の内容を再考し、
     岡目八目で改善へ結びつけたい。
  4. エネルギーから経済を考える。
     再生可能エネルギーの自給体制実現のため、中小企業の経営者450名がネットワーク会議を立ち上げた。会員は現在450名おり、地域の特長を活かした結びつきを作っている。会社の土地や工場は地域からの借り物なので、綺麗な状態で返したいという思いがある。
     そういう視点から大企業を見ると、変化への対応には優れているが、どこへ行こうとしているのか見えない会社が多い。

 講演終了後、質疑応答の時間を持った。講演内容が企業経営の核心に触れた部分が多く、かつ食という生存の本質に拘わる課題に触れたため、質問が多かったが、概要のみ以下に纏めた。

  1. 変えてはいけないものは守り、変えるべきものを変えているとの説明があったが、日常業務の中で、誰がどうやって決めているのか?
    → これが大切なことだと認識しているので、毎日昼の食事の時に、経営トップが全品30種類位のサンプルを試食し、品質が維持されているかをチェックしている。その結果、年に数回位は出荷止めがあり、現場への警鐘となっている。
  2. 上記の考えを社内で維持していくために、重要なことは何か?
    → 細かいことに気をつける。社員には常に伝えているが、それが実行されているかが鍵になる。デザインなどにも口を出している。
  3.  製品の保存期間は?
    → 防腐剤を使用せず、天然物しか使かっていないため、保存期間は短い。かまぼこで出荷後11日が保証期間である。
  4. 塩で見られるように、日本の味の基本が変わってしまったが、対応法はあるか?
    → これは大きな問題だ。日本文化全体、食品メーカー全体の問題である。
  5. 製品の足の早さへの対応法は?
    → 水で洗うことにより、酵素が除去され、腐敗防止になっている。水質は関東と関西で異なり、これがこぶ出汁、鰹出汁の差となった。
  6.  味・食感の定量化は?
    → やっているが、数値はあくまで基礎だ。最後はヒトの感覚だと思っている。
  7. PBへの対応は?
    → コスト上商売にならないので、取り扱っていない。
  8. 長寿命の企業として、メガトレンドへの対応は?
    → 創業以来の基軸からはずれないこと、世の中から必要とされる様に努力すること。
  9. 商品開発はどのようにやっているか?
    → 商品開発室が企画し、工場で試作する。包装デザインも自社。外部デザイナーには鈴廣らしさが伝わらない。トップの発想によるもの、ボトムアップによるもの双方がある。
  10.  原料のグチは変えてきたか? 養殖の可能性は?
    → 相模湾のグチから出発したが、その後外洋のグチを使用するようになった。味を守り、それに合う素材を探すのが基本。味・パッケージは変えているが、お客が気付かないように変えて来た。原料は地魚への回帰を検討している。例えば、アジやイサキ。養殖はコスト高なので、稚魚を放流する動きが有る。 

講演・質疑応答終了後、かまぼこの里へ移動した。ここには、かまぼこ博物館、直売所、和食レストランなどの施設がある。かまぼこ博物館では、各人が材料と道具を与えられ、自分でかまぼことちくわの試作を体験出来た。ここでは、誰でも試作が体験出来るようになっており、試作したかまぼことちくわは、直ぐに炉で焼かれ、試食も出来たので、自作の完成品に舌鼓を打った。2階はギャラリーで、かまぼこ板に画かれた絵が数多く展示されており、中には手塚治虫の作品もあった。各人直売所でお土産を購入後、秋田の古民家を移設・利用しているレストランでパーティーを行った。

今回の訪問で印象深かったことは、第一に、経営方針が明確で、伝統と革新、維持と変化の両立を見事に実現していることである。経営トップの目が行き届きやすい規模ということもあるとは思うが、軸のぶれない老舗の強さと良さが前面に出ていた。第二に、商品への強い拘りである。素材の拘り、天然物しか使用しない無添加の拘り、原料である資源保護の拘り、味を維持するため、製造法の拘り等々、最初から最後まで一貫した思想に貫かれていることである。第三に、経営の志の高さと思いの深さである。売上や海外進出、食や資源への考え方は、近年珍しい志の高さと思いの深さを示している。グローバル環境の変化に対し、最近良く見られる国内・海外企業の腰の定まらない経営方針と対比し、どっしりと腰が据わり揺るがない強さに敬服した。日本におけるものづくりに一石が投じられていると言って間違いがなく、こういう企業が147年も存在・発展していることに意を強くした。(文責 相馬和彦)

Home > アーカイブ > 2012-08

メタ情報
フィード

Return to page top