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知識、智恵、こころ/和田昭允氏

和田 昭允 氏
東京大学 名誉教授
お茶の水女子大学 理事
理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 特別顧問 (初代所長)

生命戦略とDNAの物性を結びつける画期的研究で世界に知られる。1980年代初頭、世界で初めて、コンピュータ、ロボット等に依るDNAの塩基配列の大量解読を提唱。各種分光法、DNA塩基配列高速自動解析など、世界に先駆けた独創的手法を開発して来た。今日、世界で活躍しているDNA解析装置は、和田昭允氏に依って構想、その開発が手掛けられた技術。

1952年03月  東京大学理学部化学科 卒業
1954年06月
    |    ハーバード大学 博士研究員
1956年11月
1971年12月  東京大学理学部 教授(物理学科)
1989年04月  東京大学理学部長
1990年~    東京大学名誉教授
1997年07月
    |    日本学術会議 第4部長
2000年07月
1998年10月  理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 初代所長
2004年04月  理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 特別顧問
         横浜こども科学館館長
         東京理科大学顧問
2005年04月  御茶ノ水女子大学 理事 

⟨受賞⟩
松永賞、島津賞、ヘネシー・リヴィトン賞、紫綬褒章、勲二等瑞宝章、横浜文化賞、他

 


 

 私たちは毎日いろいろなことを学び、知り、考え、判断を下し、行動しています。そこでは「知識」が増え、「知恵」がつき、世界が広がります。ここで、「こころ」も豊になると言いたいのですが、現実は豊になることもあるけれど荒んだり貧しくなったりと、人と場合によって違ってきます。

 この3要素を立体的に捉えようというのが、ここでの主題です。具体的には、水平面上に「知識」と「智恵」の互いに直交する二つの軸を取り、それに垂直軸「こころ」を加えた3次元空間を「知の空間」とします。われわれがその空間のどこかにいるか、どのように動いてゆくか、を考えようと言うわけです。
 まず知恵軸と知識軸が作る平面です。かつての日本では、「知識」と「知恵」の二つがよくバランスしていました。だから「知識」は僅かでも、「知恵」を絞ってその僅かな「知識」を活用すると面白くなって、もっと知りたいという「知識欲」が湧いたものです。その知識欲に駆られて一所懸命勉強して「知識」を増やす。そうすると、それを使おうとして更に「知恵」が湧いてくるのでした。まさに「知識」と「知恵」が互いに励まし合いながら「知の発展スパイラル」を昇る感じだったと思います。知識なしには、動物の「生活の知恵」以上のものは発揮できない。そうかといって「知識」がいくらあっても「智恵」がなく知識軸にへばりついている人は、“歩く百科事典”にすぎません。
 今日残念なのは、両者が互いに刺激し合うこの局面を、教育が作り出せないことです。戦後の教育は、入試や就職競争などさまざまな要因が複合して「知識」偏重となり、ギュウギュウ詰め込まれる。その結果「知識」を使うための「智恵」を出す余裕がなくなってしまった。だから子供達は勉強がつまらなくて「知識」を求めたいという興味も意欲を失ってしまった、と見るのは偏見でしょうか。いわゆる“ゆとり教育”も、この基本構造の上に意味を持ってくると思うのです。
 さて、第三の「こころ」軸の問題です。「知識」と「知恵」の目盛りはゼロから正方向にしか伸びませんが、「こころ」軸は正・負両方向に伸びます。「こころ」軸上で我々を動かすものは「動機(インセンティブ)」――「幸福」「快楽」などへの願望・欲望です。 ということで、この軸には上に延びる“正”と下に延びる“負”の方向があります。正方向は、「愛」「慈悲」「思いやり」「信頼」など、家族愛、人類愛など。負方向は、一口に言って「欲」でしょう。行き過ぎた金銭欲、権力欲、支配欲、征服欲、などです。新聞紙面を賑わせる諸事件――浅はかな「知識」と「知恵」が連動して大活躍!――を思い出して下さい。ただし、ある程度の欲は発展のために不可欠で、そこの判断が難しい。
 「知識」・「智恵」の連動に「こころ」が参加しなければ文明は退廃、そして崩壊するでしょう。しかし「こころ」だけを単に感傷的・近視眼的に取り上げた場合、カルト集団の悲劇に結び付きかねません。「知識」・「智恵」・「こころ」は互いに強い相互作用を持っている三要素ですが、そこに「善の発展スパイラルに入る」と「悪の発展スパイラルに入る」という正と負の相互作用があります。これを、優れた先人が「知識」と「知恵」を使って善のスパイラルに入っていった歴史を教えるのが教育の役割です。

 人生の知の発展スパイラルを自ら登るに当たって、また後進の教育に当たって、高く広い世界的視野に立って「知識」「智恵」「こころ」のバランスのとれた育成、それらの善き方向への相互刺激的発展を考えたいものです。
 

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