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時代の変革期、日本大転換への道筋を考える/出井伸之氏

【と き】 2010年03月18日
【会 場】会 場:東京理科大学 森戸記念館
【ご講演】クオンタムリープ(株)代表取締役社長, ソニー(株)アドバイザリーボード議長
     出井伸之氏
【コーディネーター】
     (独)国立科学博物館 理工学部 科学技術史グループ長 鈴木 一義氏
 

 新経営研究会の発足以来の主軸事業の一つ、今年28年目を迎える「21世紀フォーラム 明日の技術・製品開発と独自の企業価値・企業力創出研究会(Creativity & Innovation Forum)」の2010年度前期例会が,2010年3月18日(金)、ソニーの前代表取締役社長 兼 CEO、現在クオンタムリープ(株)代表取締役社長、ソニー アドバイザリーボード議長 出井伸之氏をお招きしてスタートした。今期は「大転換期を迎えた時代-日本産業のプレゼンスの回復 ! 求められている革新」を統一テーマに、世界の経済地図と産業構造の歴史的変化が加速している今日、今後の日本産業の指針を求め合っていく。そのオープニング・キーノートとして出井伸之氏より「時代の変革期、日本大転換ヘの道筋を考える」をテーマに問題提起を兼ねてご講演いただき、引きつづいて国立科学博物館の鈴木一義氏のモデレーターの下、約1時間、熱い質疑応答とディスカッションが行われた。その後、席を替えて約30分のネットワーキング・コーヒータイムが持たれ、活発な異分野・異業種・異文化間の交流が行われた。今期の参加メンバーは、日本、中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、デンマーク、ロシアなど7カ国の企業幹部、並びに、明日の日本を担うべき若い方々のイノベーション創出力を高める一端を担うことを目的に、本年より開設されたアカデミックシート枠から出席される、東工大、芝浦工大、東京理科大の大学院生とその教職に携わる方々などである。

 出井氏は、1995年-2005年、ソニー4代目の社長 兼 CEOとしてソニーを牽引して来た誰も知るグローバル経営者で、氏が同社の社長時代に果たした功績はデジタルコンバージェンス、即ちアナログとデジタルの融合。オーディオとビジュアルをデジタル化し、ソニーの事業にITを加えた。又、氏は、コンピュータ事業部長時代に一度断念せざるを得なかった同社のコンピュータ事業を、1995年、氏がソニー社長に就任すると同時に、捲土重来、復活を期し、インテルを巻き込んで翌1996年に発表したのがVAIOコンピュータ。出井氏の代で、ソニーの売上高はおよそ3兆円から7兆円に成長し、ドメインを新しく変えることによって売上規模は2倍強に拡大した。
 現在、氏が主宰しているクオンタムリープは、氏がソニーを卒業後、大変な事態に差し掛かっている今日の日本をもう一度ジャンプさせることにつながる何か活動をしなければ..、という氏の強い思いから設立され、主たる活動は日本の技術系ベンチャーを育てることと、アジアと日本の今後の新しいパートナーシップを生み出すこと。その一環として、2009年、リーマンショック直後、大和証券とベンチャーキャピタル‘大和クォンタム・キャピタル・パートナーズ’を立ち上げた。

 出井氏のご講演は、3つの主題を柱に展開された。
 その第1は、氏が最も時間を割いて参会者に問い掛けたもので、‘今迎えている時代の転換期の意味’を強く訴えると同時に、‘今日の日本のものづくりに対する解釈の狭さ’を指摘し、日本が今求めなければならないのは、これから先の日本の‘製造業の在り方’でなければならないにも関わらず、狭い‘ものづくり’の概念にとらわれて、過去の‘ものづくり’に目が向き勝ちになっていないか。又、実際‘ものづくり’だけで日本は本当にこれからやって行けるのだろうか。私たちは今、‘今後の日本の製造業の新しい在り方’を‘スタンドアロン’の製品供給者から‘システムインテグレーション’でグローバルリーダーシップを取れる企業へと脱皮させていく必要があるのではないか。このままいくと日本は完璧に部品、又は高度加工専業国になり、世界の下請けになってしまう。これが、出井氏の先ず第一の問題提起であった。
 第2の骨子は、日本は今グローバリゼーションのフェーズ2に入っており、これは今世界の経済勢力地図を塗り替えようとしている中国、インド、韓国などアジアの画期的台頭を契機として起った新しいグローバリゼーションの波で、今後の日本のアジアとのグローバリゼーションの成否は、この中国やインドなどアジア諸国とどのように一緒にやっていけるかに懸っている。現在の日本は体制そのものがまだ西を向き、前の戦争での負の遺産もあって、このアジアとのグローバリゼーションではかなりハンディキャップを抱えている。日本は、歴史的経緯においても、経済成長段階の関係などからも、積極的に心を開いてアジアとのグローバリゼーションを拓いていかなければならない。とくに昨今の様に、中国をはじめとする今日のアジアの驚異的発展に対する脅威論や如何に今日のアジアの勢いに抗して日本を守っていくかというような、ディフェンシヴな発想ばかりが先立ち、強調されつづけていると、日本はますますアジアの中で孤立し、遊離していってしまう。
 サミュエル・ハンチントンはその著「文明の衝突」で、日本を世界の8大文明の1つに取り上げ、8大文明の中で1つの文明を1カ国で形成しているのは唯一日本だけだと言っている。又、ハンチントンはこの「文明の衝突」の中で、21世紀の紛争はこの文明間の衝突から起こると言っている。ハンチントンの言っていることが若し正しければ、日本は残りの7つの全ての文明との間で紛争を持つ可能性があるということで、それを避けるためにも、日本は、今自らを再発見し、中国やその他アジアをもっと知る必要がある。というものであった。
 第3は、われわれには今「日本は、成長期を過ぎて成熟期に入っているのだ」というしっかりとした自覚が必要で、「人口が減り、成熟期に入った日本は今後どの様な成長を如何に目指して行くのか」というこれからの日本の成長戦略は、過去の成長戦略と違い、今後の成長=GDPではない筈だ、というものである。

 以下に、今回のテーマでもあった出井氏の第一の主題の要約を紹介する。

 ソニーは、トランジスタをコアに、エレクトロニクスで生きて来た企業である。
 ソニーの歴史を見ると、基本的には半導体を実用化し、それをコアにラジオやTV、カムコーダーなどへ事業展開し、輸出を伸ばして来た。これらはいわゆるスタンドアロンなプロダクツで、自動車産業も同じであるが、日本がこれまで‘ものづくり’といい、輸出を伸ばして来たのがこのスタンドアロンのプロダクツである。
 振り返ってみると、βとVHSが争ったこの1990年代辺りがトランジスタを中心としたエレクトロニクス産業の頂点で、日本のエレクトロニクス産業の頂点でもあった。
 次に出て来たのがCPUをコアとするデジタル・エレクトロニクス時代。コンピュータが登場して来ることになる。パソコンの中心はCPUとメモリーで、日本もCPUをやっていたが、最終的にインテルが世界を制した。メモリーという巨大産業も一時は日本が世界を制した時代があったが、今では韓国が世界のマーケットを制している。又、パソコンの時代になるとコンピュータ産業の巨人IBMがコンピュータから撤退し、パソコンは瞬く間にインターネットの時代を開いて、今日につながる一大革命をもたらすことになる。
 現代の最も重要なキーワードが、半導体、デジタル化、インターネットの3つである。
 この半導体とデジタル化、インターネットが日本の‘ものづくり’をどんどん吸い込んでいっているのである。部品が半導体に吸い込まれて製品から部品点数が激減し、最後はメカニカルなものまでなくなってしまう。例えば、ウォークマンには当然テープがあり、モーターがありベアリングがあった。しかし、iPodはフラッシュメモリーとコンピュータが同期しているだけで、後はソフト。テープもディスクもモーターもない。メカ構造というものがないのである。
‘ものづくり’は勿論大切だが、その‘ものづくり’のフェーズが全く変わってしまったのだ。この事態に、日本は早く気づかなくてはいけない。
 これまで日本の製造業を世界に冠たらしめて来たものの一つは、擦り合わせ技術といわれて来た。しかし、この擦り合わせ技術が、今後のグローバル競争で、果してこれまでと同様、日本の製造業のグローバル・アドバンテージと成れるかどうか。
 半導体が機械分野をどんどん吸い込んで、今まで数千点、数万点あった部品点数が激減し、最後はメカニカルなものが消えていってしまう。擦り合わせ技術というのは擦り合わせる部品なり構造があって初めて成り立つもので、これらが消えてしまったらどうなるか。
 又、今の車は部分部分がパッチワーク的に電子化されている初期の電子化の段階で、現在の電子化されているといわれる車には、車を電子化の下でどうトータルにコントロールするかという、電子化設計の上位概念が見られない。部分部分でコントロールし、結果的に整合性を持つように設計されているのが、今の車の電子化の実体である。私は、今ここで、現在の車の在りようを云々しているのではない。欧米、日本を問わず、現在の車の電子化の実態をいっているのである。しかし、これから本格的な電子化の時代がやって来る。それは、まだ誰も見ていない電子化である。このような本格的なデジタル化時代が到来した時、エレクトロニクスメーカーが電気自動車をつくるのは、さほど難しくない時代が早晩来ると思う。確かに車には安全性という高いハードルがあるが、それもデジタル化と企業力が相まって乗り越えられる時が来る筈だ。これがグローバル規模で起きて来たらどうなるか。
 車には今以上に半導体が入って来てデジタル化され、メカニカルな部品や機構、素材がますます激減していくだろう。自動車産業にも、エレクトロニクスメーカーがテレビとパソコンで経験したと同じような生産・技術革新が再現される予感がする。今の内に、テレビやカムコーダー、ウォークマンとパソコンや iPodの間に起こった生産革命、‘ものづくり’革命、技術革命を、徹底的に研究しておくことが重要だと思う。
 そして、かつて日本が世界を支えていた半導体産業が、今、日本での成立を危ぶまれている。半導体産業は今や技術がどうというよりも、サイズの巨大化、それに伴う投資力が勝負を決定してしまう時代になった。この産業を今1社単独でやれるのはアメリカのインテルと韓国のサムソン、台湾のTSMC位。その様なこともあり、この半導体が今後日本でどうなって行くか心配だ。電気自動車の時代に、日本から半導体が消えている可能性が非常に高いからである。そうなると、日本の自動車産業は大変なことにならないか。
 何故デトロイトが衰退したかというと、一つの原因は、あれだけバランスを取って良くやっていたアメリカの産業が日本に総負けになり、デトロイトが部品を発注しようにも、そのような部品をアメリカで開発・供給してくれるところが無くなってしまった、ということにも一因があった。日本の自動車産業が同じ道を歩むことになってしまう恐れは充分にある。
 何故このような事態になったかを考えると、1つは分散によるスケールダウンが挙げられる。日本の場合ソニーが半導体をやり、東芝、日立、NEC、パナソニック、三菱電機も半導体をやるというように、各社それぞれが半導体に取り組んで、しかも縦でやっていた。しかし、半導体産業というのは横に広がれば大変大きな産業となり、大きく伸びる可能性が出て来る。縦と横の関係ということの理解が必要だ。
 サムソンやLG、現代が何故ここまで強く成れたかといえば、もちろんウオン安やそれぞれのトップマネジメントの力量、企業努力が大きかったのは当然であるが、大本は、分散を避けて集中を計った韓国政府の国策・指導力によるところが極めて大きかった。
 もう1つ、出井氏が1995年に社長になって、アメリカのHPとジョイントで取締役会をもって驚いたのは、HPもアップルも工場というものを持っていなかったことだという。生産専門会社を使っていた。
 この生産専門会社というビジネスモデルは、デジタル時代になって出現して来たもので、今一番大きな生産専門会社はパソコンをつくっている台湾のフォクスコン。従業員は50万〜60万人ともいわれ、世界のパソコンの1/3がここ1社でつくられている。HPのPCからアップルのiPod、ソニーのVAIOがここでつくられている。
 パソコンが始まった当初はNECや東芝、富士通が非常に強く、一時は日本企業が世界のマーケットシェアの50%を占拠したこともあった。まさか、ここまで台湾勢に横の製造レアでもっていかれるとは、当時、誰も思っても見なかった。
 何故、こういうことになったのか。これには、デジタル化に伴ったオープン化とそれに伴う垂直型産業から水平型産業へ、という産業移行が大きくはたらいた、と出井氏は指摘する。
 今日の日本の垂直産業の代表は、プリンターやカメラなどに代表される精密オプトメカトロニクス企業や自動車産業だと思う。これらの企業は全て自分の中でやっているのが特徴で、この垂直型産業こそこれまで日本の発展を牽引して来た産業であった。
 しかし、これからデジタル化が更に進んで来るとどうなるか。デジタル化で起った生産革命を余程勉強しないと、日本の垂直産業は横と縦の組合せでやられてしまう恐れがある。

 加えて、出井氏は、ネット時代に独自の展開価値がなくなっていくハードの実態を強く訴え、例えば、今盛んに宣伝されている3Dテレビはエレクトロニクスメーカー最後の戦いといってもいいもので、このテレビが真に革新的である所は3Dにはなく、Googleが開発したアンドロイドというアーキテクチャが後ろにあって‘スカイプが出来る、何が出来る’、というここにある。このように、インターネット時代というのは全部中抜きで、お金はソフトバンクなりNTTへ流れ、ハードは皆ネットに吸い取られる時代になっていることを訴え、現代は正に時代が大きく変わろうとしている過渡期で、ソニーが10年後もソニーでありつづけ、存続しつづけていくためには、余程自らの企業のアーキテクチャを変えていかないと駄目だと力説された。
 又、この新時代への変革に前の時代の人が革新に手をつけようとするとレガシーのコストが全てにわたって掛かって時間も取られ、難しい。韓国が今元気で、新しいことをどんどんやれるのもこのレガシーがないからという一面もあるし、戦後の日本が廃墟の中から立ち上がり、アメリカの古い設備を尻目に、革新的に産業発展の途を駆け上って行った時のアメリカの立場を思い起せば、ソニーなら第二ソニーのようなものをつくり、0から出発して新しい時代にチャレンジ出来るような経営努力が必要だ。そうでないと時代に立ち遅れてしまう、との付言が出井氏からあった。
 先日、出井氏に或る韓国のシンクタンクの方からレポートが送られてきたという。その題名は「消える日本」となっていて、韓国は今何故元気なのかということと、日本はこの長い不況で元気を失い、成長期と成熟期を間違え、企業も内向きになっている。ハーバードの留学生も日本人はアンダーグラデユエイト6人しかいない。そういう意味でも日本人は外に出なくなった。日本は可愛そうだ。そういうことが書かれていたそうだ。これは今の世界の日本の見方と相通じるところではあるが、韓国から可愛そうだといわれる今の日本をどう思うか、との出井氏のメンバーへの問い掛けは、本会の今期統一テーマの背後にある趣旨同様、痛切であった。
 日本の変革の方向はシステムインテグレーションにある。これが出井氏の結論である。
 例えば、若し日本が、環境・エネルギー分野でその先進性をシステムインテグレートして、そのインフラを日本国内に持って世界にアピールすることが出来れば、この分野における日本のグローバルリーダーシップを、そのシステムを構築している個々の先進固有技術・ノウハウと共に世界にアピールすることが出来る。
 私が今描いている一番嫌なシナリオは、中国が人民元ベースでガバメントボンドを発行すること。そうなると人民元ボンドのようなことが起り、日本の国債はあっという間にアルゼンチン並みになってしまう。それはまだ5年先のことと読んでいるが、この5年はある意味で日本にとって最後のチャンスの5年となるかも知れない。日本は、この5年の間に、前の20世紀に培って来たこれだけの社会システムとその運営ソフト、工業力を自信を持って活用し、挙国一致、新しいシステムづくりというプロジェクトを興して行かなければならない。それが出来れば、日本の再飛躍は夢でない。
 以上が、今回の出井氏のキーメッセージであった。

 この後, とくに豊田中央研究所代表取締役(トヨタ自動車前副社長)、ダイハツ工業前副社長、キャノン研究開発副本部長、エスエス製薬社長、日本マイクロニクス会長、味の素上席理事、芝浦工業大学学長、Baikal Energy(露)社長、Fraunhofer(独)日本代表、Bayer Holdings(独)技術顧問、P&G(米) マネジャー他、東芝、サントリー等の幹部が熱い質疑とディスカッションを展開し、7カ国の幹部が出井氏を交え、国立科学博物館の鈴木一義氏のモデレーターの下,1時間の活発な質疑応答と討議を行った。

《Q&Aと総合討議で取り上げられたディスカッションテーマ》
 ♢車産業から擦り合わせ技術はなくなるか
 ♢電気自動車時代、車産業以外から商業車が出て来るか
 ♢日本の‘擦り合わせ技術’は今後ともグローバルアドバンテージとなれるか
 ♢電気自動車時代、車産業以外から商業車が出て来るか
 ♢垂直型産業では、本当にこれからやっていけないのか
 ♢デジタル化時代とオープン化
 ♢スタンドアロンの製品開発とシステムインテグレーション
 ♢デジタル化時代の技術・製品開発と生産革命、グローバルリーダーシップ
 ♢日本が持つ世界オンリーワンの技術・超高度技能と今後の時代的意味
 ♢今後日本の製造業が持てるグローバルリーダーシップ
 ♢今後日本の成長指標とGDP
 ♢グローバル化と固有の文化・地域性、アイデンティティ
 ♢イノベーションのエンジンとなるものは何か、イノベーションを起すのは誰か
 ♢イノベーションを創出する人材を如何に育てるか

                       (文責:新経営研究会 代表 松尾 隆)

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