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年とともに美しく、気品と風格を加え 老いる和紙

 かつて、越前和紙の中でも最高峰といわれる生漉奉書(きずきほうしょ/100%楮[こうぞ]で漉き上げる厚手の和紙)で国の重要無形文化財保持者(人間国宝) 九代 岩野市兵衛氏をその工房にお訪ねしたことがある。

 そこで、長い繊維が長いままに、制作のどの工程においても自然の繊維が自然の性質を損なわず、むしろより発揮出来るよう、自然の命に手を添えるように、納得いくまで時間と手間ひまを掛けて越前奉書が漉かれているのに感嘆したのは、まだ記憶に新しい。
 岩野市兵衛氏によって漉かれた生漉奉書の肌合いは、実にふっくらと柔らかい。

 この越前奉書に限らず、和紙の耐用年数は千年以上、洋紙は百年の単位であるという。

 和紙は今日、イタリアのシスティーナ礼拝堂などにおける文化財の保存・修理に不可欠の素材となっているばかりでなく、和紙が持つ基本特性と機能が注目され、電子・建材分野など、現代最先端のハイテク素材としても注目されている。

 しかし、私がこの和紙に大きな関心を持つのはそれだけではない。

 この越前生漉奉書で先代(八代)岩野市兵衛氏(水上勉の名作”弥陀の舞”のモデル、主人公の弥平その人)の代からのユーザーであり、この度ご同行いただいた(財)アダチ伝統木版画技術保存財団理事長の安達以乍牟(いさむ)氏によると、優れた生漉奉書は、年とともに、それなりに年をとって行くという。それは、優れた生漉奉書がひとしく備える品格とでもいうべきもので、その年のとり方は美しく、風格のあるもので、実に立派に年をとっていく。それは古陶磁器などにも通じるものがある。

 そういえば、浮世絵はこの越前生漉奉書に摺られるが、浮世絵の一つの大きな特徴は、その絵の具は紙の表面に留まらず、内部にまで染み込み、絵に現われている色は絵の具本来の色ではなく、紙の繊維とのコラボレーションによって生まれている色だ、ということだ。そして、紙の繊維と絵の具は、歳月とともに、寄り添うように品格と風格を増しながら美しく年老い、作品は更に落ち着いて、創作時よりも更に味わい深いものになっていく。

 思えば、ついこの間まで、私たちは、このように年とともに品格と風格を増し、美しく立派に年をとっていく様々なものに囲まれていた。身の回りの食器や調度・家具・道具にしてもそうであったし、寺社やその石段はもちろん、私たちの家屋にしても皆そうであった。街とか界隈といわれるものもそうであった。そこには、人々のこれまでの生活の歴史と息づかいが、共に記憶として刻まれていた。

 今、私たちを取り巻く素材・製品の殆どは、磨き上げたくともそれは劣化を速めるだけで、ある日、突然、醜くく疲労破壊してしまう。 

 年とともに美しく、気品と風格を加え 老いていく、そのような素材・製品というものを、私たちは再び取り戻していくことは出来ないものか。

 「時が育てる美しさ…」、この言葉を、私たちは、今、噛み締めてみる時に来ているのではないか。

(新経営研究会 代表 松尾 隆)

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