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極細モヘア糸の開発と今日に至る軌跡、今後のビジョン 佐藤繊維訪問

《と   き》2012年11月22日

《訪問先 》佐藤繊維(株) 本社工場、三泉工場 (山形県・寒河江市)
 
《講  師 》代表取締役社長 佐藤正樹氏
《コーディネーター》放送大学 名誉教授 森谷正規氏

 

 2012年度後期の「異業種・独自企業研究会」の第1回は、山形県寒河江市にある佐藤繊維の訪問であり、佐藤正樹社長から「極細モヘア糸の開発と今日に至る軌跡、今後のビジョン」というお話をいただいた。
佐藤社長のお話は、最高に感激し、感動するものであった。熱っぽさでも、最高であり、また、話ぶりが非常に面白くて、何度も大笑いをし、涙が出そうになるほどであった。これは、後に述べるが、非常に重要なことである。お話で最も価値があるのは、いかにモノを作るか、いかにモノを売るのかの本質を見事に掴んでいたことであり、それを掴む道程が大変に厳しいものであったというのが、お話の神髄である。
 佐藤繊維は、正樹社長の曾祖父が起こした羊毛紡績業であり、近年はニット製品の糸とニットの完成品を作るのを主な業としていたが、30年前の全盛期が過ぎて、凋落を始めた時期に、正樹社長はそれまでの東京でのアパレル関係の仕事を辞めて、後を継いだ。それまでの製品の糸は、最もシンプルなものを大量生産するもので、中国などとの競争が最も厳しく、ニットの中心地であった山形の中でも、佐藤繊維はいち早く業績不振に陥った。
 そこで、正樹社長は編み機のコンピュータ化が始まった時期であり、そのプログラムに専心して、独自のデザインの製品を創り出して、評判が良くて会社の再建が可能かに見えた。ところが、すぐに模倣され、また製品を納めるアパレルメーカーは、まったく同様な製品をコストが安いニットメーカーに発注するのであり、アパレルメーカーの言いなりで製品を作ることの限界を感じて、業界の体質に大きな疑問を抱き始めた。
 正樹社長が独自のニット製品を出していたのが国際的にも注目され、イタリアの糸のメーカーから工場を見せてもいいとの話が舞い込んだ。そこで、実は糸のメーカーであることは隠して、有り体に言えば、技術を盗むつもりで訪問した。そこで、紡績機械を改造して生産している状況がしっかりと掴めて大成功であった。
 ところが、次第に内心穏やかでなくなって、これでいいのか、大いに煩悶し始めた。真似をして優れた糸を作っても、アパレルメーカーの言いなりになるままでは、何も変わらないではないか。さらに、イタリアのメーカーの工場長が、「我々が独自の糸を作って、実は業界を支配しているのだ」と大言壮語していたのが、頭にこびりついていた。
帰国の航空機の中では一睡も出来ず、行くべき道の決意は固まった。これは、お話の中の圧巻である。
続いての圧巻が、それまでシンプルな糸ばかり作ってきた頑迷固陋の技術者を、まったく複雑多岐な糸の生産にいかに向かせるかが大変なことであったが、これは長くなるので省略する。その代わりに工場見学でびっくり仰天したことを報告する。博物館でしか見れないような非常に古い機械が核となって、モヘア糸を生産しているのだ。聞いて見ればもっともであり、ひたすら大量にコスト安で生産することばかりを目指して繊維機械は高速化に進んできて、それでは、ゆっくりと引いていく極細の糸は出来ないのだ。廃棄された機械を買い集めた佐藤繊維は、それを他には真似が出来ないようにする武器としている。
しかし、会社は急には変われず、在庫の山となって、山形市や周辺の都市で大安売りをして大人気になり、一方で山を越えて酒田市まで行くとさっぱり売れない。そこで、いかにすれば売れるのかの本質を掴んだ。
さて、技術者がようやく本気になって独創的な糸を作る技術は出来たが、製品として完成させるのには5年間を要したという。それを、国内で走り回って売ろうとしたが、ほとんど誰も買ってくれない。
 そこで、誘われて思い切ってニューヨークの展示会に出すことにした。それで成功するのが、最後の圧巻である。これも長い話になるので、一つだけ紹介する。正樹社長の奥方はデザイナーであり、口説いて山形まで引っ張ってきたのだが、行商ではトラックの運転手など苦労をかけていた。そこで、ニューヨークでは、展示でドラマを作った。技術者の夫とデザイナーの妻が糸作りから始めて、ひたすらユニークなものづくりをこつこつと進めてきて、今があるというドラマである。これが大いに受けて、海外進出のきっかけとなった。
今では、シャネル、ニナリッチなど、世界の超有名な企業から引っ張りだこであるとなって、めでたしめでたしでお話は終わった。
お話が本当に面白かったが、これが物事の本質につながっている。良いものを作れば売れると思ったら大間違いだと正樹社長は何度もおっしゃったが、良い話であれば、それでいいのか、ぼそぼそと小さな声でしゃべったのでは、やはりこれほどの感動を与えることにはならないだろう。売り方、話し方こそが非常に重要なのである。
最後に余談を一つ。帰りの新幹線で山形牛の弁当を買った。山形駅を出るとすぐに、「米沢牛の弁当を仕入れるので、回って行く売り子に予約をしてください」とのアナウンスがあった。比べると、肉の量は米沢が倍くらいある。このような商売をしたいものだ。人気が高くて予約販売であるから、売れ残りがない。したがって、少しだけ高い値段で、とても良い商品が作れるのである。

森谷正規


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