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私の経営理念、極限に挑む技術、不況克服の経営改革-多摩川精機

 

と   き : 2010年10月29日


訪 問 先 :多摩川精機(株) 本社・第一事業所 (長野県飯田市)
 

講   師 :多摩川精機(株) 代表取締役会長 萩本博幸 氏

コーディネーター:テクノ・ビジョン代表、元帝人(株)取締役 研究部門長  相馬和彦氏

 

 2010年度後期「異業種・独自企業研究会」の第1回は、平成22年10月29日に、長野県飯田市に本社および第一・第二事業所を有する多摩川精機を訪問した。多摩川精機は、超高精度の2次元および3次元角度センサーを開発・生産する先端技術企業として知られている。世界初のハイブリッド車として、「プリウス」が生み出されるためには、当時の常識を越えた精度を有する角度センサーが必要となったが、この要望に見事応えたのが多摩川精機であり、その実績により、平成17年に第一回の「ものづくり日本大賞」を受賞している。

 首都圏や大都市から離れ、必ずしも交通の便に恵まれているとは言えない飯田市で、世界最先端の技術開発を継続実施するためには、技術開発や経営思想に並々ならぬ独創性と独立性抜きには考えられない。グローバル競争に勝ち残るために、このような独創性と独立性は、企業の規模に拘わらず、現代の日本企業にとって最も必要かつ喫緊な要件となっている。今回の多摩川精機では、組織内でそれを実現するため、何らかの示唆が得られることを期待して訪問した。

講演会場に到着すると、萩本博幸代表取締役会長が、会場の最終準備を自ら指示しておられた。講演に使用された建物は、古いが味のある本格木造建築であり、お訊きすると戦前に工場として建てられたものであった。その後の工場見学で見ることが出来たが、同じ構造の100坪単位の建屋が整然と並んでおり(目視では10数棟)、綺麗に手入れされ、未だに現役として使用されていた。

会場の中央の机には、多摩川精機の技術を物語る戦前の製品から最近の「プリウス」用センサーまで並べられており、講演開始までの時間に、参加者はそれを手にとって萩本会長から由来をお聞きすることが出来た。中には戦艦大和の主砲の標準に使用されと同じセンサーの現物があり、参加者はそれを手にとって感慨に耽った。戦後になって、GHQから提出命令を受けたが、ポケットに隠して接収を免れたとの骨のあるエピソードも披露された。多摩川精機の技術は、戦前から最先端であったことを示す好例である。

最初にDVDを用いた企業紹介がなされたので要点のみ記す。

多摩川精機の製品は大別すると、制御用モーター、角度センサー、位置制御用ジャイロの三つである。従業員は子会社を含めて約700名在籍。事業所は、飯田地区に本社と第一、第二、第三事業所を有し、その他に八戸地区に4ヶ所持っている。また東京の蒲田には、研究所を有している。飯田地区の事業所は合計で敷地が24万㎡、建坪が6万㎡、八戸地区の合計は敷地20万㎡、敷地4万㎡ある。八戸では、FA関係のR&Dから製造までを実施している。

その後に、第一工場の見学に移った。主な見学内容を以下に纏めた。

  • ショールーム

様々な製品が整然と陳列されていたが、印象に残ったものを順不同

で列記する。

  • 航空機積載用のカメラ防振装置 ATLAS
  • 防衛省用の電動アクチュエーター 推力のセービングが可能。
  • 航空機用燃料ポンプ
  • 各種計器類 古い物のオーバーホールで、年間数個程度の受注。
  • センサー類
  • ジャイロ
  • 「プリウス」用角度センサー Singlsyn
  • 車両用速度検出器
  • JISQ9100、ISO9001/14001、Nadcapで認証された航空機用金属表面処理技術
  • 衛星用機器製造工程

2階に昇り、衛星用のセンサー、アクチュエーター、ステップモーター、角度検出器、火星ローバー用センサーなどを見学。受注は最大で2~3個程度。

  • スペースチェンバー 宇宙用機器の試験
  • P1(哨戒機)、C2X(輸送機)用コンポーネント組立、JAL向けオーバーホール。
  • ジャイロ組立工程 ジャイロは単品または顧客毎の使用に合った位置検出システムとして販売。
  • 航空電装品試験室 防爆室、周囲に空きスペース有り。
  • 巻線室、女性が手作業でコイル巻をしている。熟練が要求されるので、長く勤務して貰えるよう配慮。
  • 電動アクチュエーター エクリプス社用に供給していたが、エ社は倒産した。
  • 歴史館 創業以来の人、会社、製品の歴史が、実物、写真、説明で分かり易く展示されている。創業の原点である97式、98式戦闘機用油量計が展示されているが、浮きは木製ではあるものの、当時でもモーターによる信号伝達となっていて、現在の製品に通じるコンセプトが最初からあったことが伺える。

 見学終了後、「弊社の経営理念と、極限の精度性能を実現する技術そして今回の不況と日本経済の構造変化」と題した講演を代表取締役会長の萩本博幸氏より伺った。

  • 経営理念

父親は五反百姓の次男坊として生まれ、自ら生活の道を探さなければならなかった。教師を2年間勤めたが、昭和2年の大不況に遭遇し、困窮する

村民を目の当たりにして工業を興す決意を固め、蔵前工業高校に入学した。

昭和6年に北辰電機に就職し、軍事機器の開発に従事した。昭和13年に独立した時には、無担保で資金100万円を調達し、ジャイロを商品とした多摩川精機を創立した。父親から会長への遺言は、「資本金を1億円とし、中小企業としてやれ」、「上場するな」の二つであった。それ以来、この遺言を守るとともに、日本のみでの開発生産体制を維持してきた。

信州に根を張り、地域と共に発展し、そこから世界を目指してきたが、今までやってきて感じるのは、技術者を育てるには30年掛かるということだ。企業発展のためには、兎に角、研究開発を大切にしなければならない。(多摩川精機の会社案内を

見ると、役員の構成は、萩本会長を始めとして、常務に1人、取締役に2人と9名中4名が工学博士である。日本企業としては、極めて異例の技術重視の姿勢が伺える)。また、本社社員は主に大卒以上を採用している。

昭和27年頃より防衛関係の仕事を始めたが、それが今の航空・宇宙・防衛(DA)の仕事のスタートとなった。当初から難しいキーコンポーネント、サブモジュールを中心にやることにしたが、それは用途に共通性があると思ったからだ。

「プリウス」用センサーについても、それが言える。74戦車用に開発した、走行中にぶれる砲身から、止まらずに砲が打てるためのセンサーの実績があったので、これを改良して97年に採用された。このように、キーコンポーネントは異なる用途に展開が可能である。

Mobile valleyのコンセプトは、人間は動くものであり、その動きに必要なコンポーネントが今後必須のものになるという考え方から生まれ、会社として手掛けることにした。

飯田と八戸に工場を分散したのは一見非効率に思えるが、一ヶ所で集中生産していると、例えば自然災害などで供給不能に陥る可能性があり、このような事態を避けたいと思ったため。

戦後の技術の変遷を辿ると、昭和32年頃にNC工作機が現れ、昭和52年頃にはロボコンが始まった。将来は人工衛星コンテストのようなものも行われるかも知れない。技術を生成するには、20~30年はかかるのが過去の事例であり、そういう目で新しい技術開

 

発を見守らなければならない。

当社の主力製品を3種の神器と称しているが、それは2次元角度センサー(シンクロ、レゾルバ)、3次元角度センサー(ジャイロ、MEMSジャイロ)、信号変換器(コンバータ)の3つである。

営業についてはユーザーとの直接取引が原則。そうしないと、顧客の声が現場に伝わらない。海外のみ専門代理店を利用するが、大手商社は使わない。

これから新興国市場へは、China price, China qualityでないと競合出来ないと思い、2011年からモーターの組立だけは中国へ進出する決断をした。ここでのモーターは汎用品のみが対象である。

  • 経営方針

多摩川精機での過去の経験では、種を蒔いてから受注へつながるまでに10~30年は必要だと思っている。そのため、極限の精度性能を実現する技術を追求する。

30年、20年、10年前の自社の業績、成功、失敗を反省し、将来の10年、20年、30年先の対処を経営者は常に考えて経営し続けることが必要である。だだし、経営と商品の基本は出来るだけ変えないこと。

日本経済の構造変化に対して製造業が対応する道は、キーパーツではないか。これで世界を抑え込み事は可能だと思っている。そのため、この技術は国内に止め、海外には出さないようにするべきである。

リニアモーターによる新幹線には夢があり、これを実現したい。将来は「モバイル制御」に特化していきたい。

 ここから質疑応答の時間を持ったが、その後のパーティーを含めて多くの質問・意見が出された。以下に要点のみ纏めた。

  • 宇宙・航空用途のように、極めて高性能・少量生産の製品と、自動車用途のように数の多い製品とが製造現場に同居している。開発・製造の両面で、この二つのカテゴリーは必ずしも技術思想が同じではなく、相反する点も多いはず。これをどうやって同居させているのか?

→徹底的な技術検討を行った結果、高性能・少量生産品と大量生産の工場を分離して別にした。大量生産工場では自動化を徹底し、機械は自作した。特に巻線機。それ以外にも、設計は本社で行い、製造は関連会社と分担も分けた。

  • 関連会社で製造しているとのことだが、製造技術の蓄積はどうやっているか?

→もの作りは関連会社でやっているが、キーとなる技術を本社で作ってから関連会社に出すことにしている。R&Dはすべて自分たちでやる。

  • 父親の教えにはどのようなものがあったか?

→中学時代から教師宅に下宿させられた。若い時に他人のメシを食べるようになって、親との同居とは違う多くのことを教えられた。特にこの時、人を使う技術を学ぶことが出来た。東工大で博士号を取ったのも、父親からの示唆。

 

 希望者はこの日飯田に宿泊し、翌日に第二事業所を見学することが出来た。伊藤壽昭常務、関重夫取締役が出席され、関取締役から事業内容の説明があった。

 第二事業所は2003年に旧三協精機の工場を取得したもので、約2万坪あり、車両用モーターの製造・開発拠点となっていた。大型サーボモーターは中国へ移転することになり、国内・海外の仕分けを行っている最中である。

 航空機用製品は軍用が第一事業所、民間用は第二事業所(第三事業所と八戸地区を含む)と工場を分けているが、これは軍用と民間用では価格、コスト差があるため、別拠点とした。

 第二事業所には技術者として、研究者40名、開発者60名がおり、①生産中心主義を取る。ものづくりの会社として、ものづくりに徹する。②製造は子会社で実施。③ダイカスト、樹脂成形は内製化。④生産設備はほぼ自社製を使用する。現在自社製率は50%を超えている。

 「プリウス」用角度センサーは、月の生産量が45~50万個あり、不測の事態で供給が止まらないよう、製造を第二事業所、第三事業所、八戸事業所に分散してヘッジしている。1年で八戸を立ち上げ、トヨタから高い評価を得た。

 2009年3月には、半導体ジャイロ事業を富士通より入手し、福地第二工場で生産している。自動車用R/D変換用ICは世界で2社しか生産していない。

 鉄道、自動車、航空機などに開発した個々のセンサーを組み合わせ、システムに必要なキーコンポーネントにし、モバイル制御として括った事業の構築を目指している。

 説明終了後、不良率に関する質問があり、ラインによってことなるが、0.1~0.03に抑えているとのことであった。B787ではセンサーを一機当たり25個使用しているので、不良率が低いことが必要となる。

 

萩本会長の講演は、経営理念が極めて明確で、しかもそれが実績を伴っているため、強い説得力があった。会社の資本、規模、事業分野、生産方法、技術開発、人材育成、海外戦略などすべてが、この経営理念に基づいて明確に決定されているため、社員ばかりでなく外部の人間にも大変分かり易い。10年~30年後の将来を見据え、精度性能の極限を追求する姿勢も、技術者にとっては生き甲斐を感じて仕事に集中出来る環境である。これだけ長期の視点から技術開発を見守る姿勢は、外部の技術者から見ると、大変羨ましい環境と言える。これからの日本の製造業は、キーコンポーネントで世界を抑えることが出来るとの見解には、大いに励まされるとともに、今後の日本企業の経営戦略にも多大の示唆を与えて貰うことが出来た。(文責 相馬和彦)

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