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コマツの原点 撤退目前だった産機事業復活の道程

と き :2009年1月20日
会 場 :東京理科大学 森戸記念館
ご講演 :コマツ 取締役 専務執行役員 産機事業統括本部長 鈴木康夫 氏
コーディネーター:LCA大学院大学 副学長 森谷正規氏
 

 2008年度後期「21世紀フォーラム」の第5回は、「コマツの原点 撤退目前であった産機事業復活の道程」というテーマで、コマツの鈴木康夫取締役専務執行役員、産機事業統括本部長にお話しいただいた。
 コマツといえば世界に冠たる建設機械メーカーであるが、かつては大型プレスなどの産業機械が中心であった。いまでは、建設機械の急速な伸びで、産業機械は主力部門ではなくなっているが、大型プレスは世界で3社の中の1社であり、堅実なビジネスを続けている。ただし、大型プレスは自動車メーカーが主たる顧客であるが、設備投資の時期には大量の受注ができるものの、繁閑の差が大きいという問題がある。そこで、1970年代に中小型のプレスと板金機械に進出し、コマツ産機という子会社を設立して、開発、生産に当たった。
ところが、このコマツ産機が1990年代に甚だしい業績不振に陥って、毎年大きな赤字を出すようになった。受注が減少して収益が減り、そこで合理化を進めて、リストラも行ったが、業績はどうにも回復しない。マーケットが伸びないこともあったが、業界でのシェアも大きく下がった。中小型プレスのライバルはアイダであり、板金機械のライバルはアマダであるが、この両社は確かな収益を上げている。その業績不振が続いて、コマツ本社の経営での大きな問題になった。この部門を売却して撤退する話も出たが、当事者たちに挽回のチャンスを与えようということになった。
 そこでコマツ産機では、98年にタスクフォースを組んで、不振の原因を徹底的に分析して、回復のための対応策を考えることになった。経営コンサルタントの三枝匡さんが加わって、その指導の基に必死の作業を行った。そのリーダーが鈴木さんである。経営からは、2年間だけ猶予を与えるから、その間に立て直すように厳しく言われた。立ち直れなかったら、会社は売却するか解散するかであると、言わば最後通牒を突き付けられた。
   鈴木さんは、コマツ産機がいかにひどい会社であったかを長い時間をとって非常に詳細に話した。開発は、ユーザーメリットがあいまいな製品を開発する、開発期間が非常に長い、開発費にムダが多い、営業との間に大きな壁があるなどの問題を抱えていた。営業の問題は、ライバル企業に負けているという認識がなく、商談への参加がライバルに比べて少なく、各支店がモンロー主義で連携がないなどである。また組織がとても複雑であり、責任の所在が分かりにくいというのも大きな問題点であった。
 こうした問題を各部門が率直に反省してすべてをさらけ出して、まとめて経営に詳しく報告し、その上で大幅な改革に基づく新しいビジネスプランを出した。2年内に黒字化するという目標であった。経営は、問題はよく把握しているが、利益を出すプランは甘すぎる、収支はトントンでよいから、ともかく2年間頑張れ、それで赤字が解消できなければ、解散だと宣言された。
 99年の4月から新体制の準備に入り、7月から動き始めた。それはいかなる改革であったのかを、鈴木さんは非常に詳しく話した。その柱は、ビジネス戦略立案、業務プロセス改革、そして、マインド行動であり、核になるのが実行に移すための気骨の人事である。
 戦略は、その狙いとして、勝ち戦をする、商品の絞りと集中、シンプルな目標、ストーリー性などを挙げたが、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マップ)などを使いこなすものであり、コンサルタントが加わったからであろう、いくつかの戦略手法を駆使するものであった。こうした手法は経営戦略としてはいろいろとあるのだが、それを実際に用いて、大きな成果を上げた点が非常に参考になった。
   業務プロセスの改革では、開発、生産、販売の一気通貫を実現した。また、事業部制にして、事業部長に権限を委譲して責任を持って当たらせたが、事業部長には39歳から41歳の若い優秀な人材を起用した。これが気骨の人事の要である。支店では、支店長、営業部長の職制をなくした。皆が営業マンである。支店長には、実は営業がやりたかったのだと喜んだ者もいたという。このような抜擢の人事は、企業においてはなかなやりにくいのだが、まさしく危急存亡の時であり、実行できたのであろう。
 マインド行動は、全員を改革に突き進ませるために行うものであり、鈴木さんが全社を絶えずまわって鼓舞激励した。そこで、これまでがいかにひどかったのかを詳しく示して、その上で改革のシンプルな目標を打ち出したのが説得性があった。
   こうした改革によって、たちまち業績は好転していった。2年内に黒字化の目標は達成された。急速な好転は、それまでがひどい状況であったからとも言えるのだが、大胆な改革を実現したその内容、採用した手段は大いに参考になった。戦略性の高い改革であるのが、注視すべき点である。
 この大不況の中で、それを乗り越えるために企業は大きなチェンジを迫られている。鈴木さんに、見事なチェンジの実例を見せていただいた。

(2009年1月 森谷正規)

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