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PostCRTフルカラー大画面 有機ELディスプレイ開発への夢と苦闘

と き :2008年1月18日
会 場 :虎ノ門パストラル
ご講演 :ソニー (株)ディスプレイデバイス開発本部長 占部哲夫氏
コーディネーター:LCA大学院大学 副学長 森谷正規氏
 

 「21世紀フォーラム」の第5回は、いま注目の有機ELテレビについてであり、世界で始めて実用化、市販を開始したソニーのディスプレイデバイス開発本部長である占部哲夫さんにお話をいただいた。「Post CRT フルカラー大画面有機ELディスプレイ開発への夢と苦闘」と題するものである。
 まず、ソニーにおける占部さんの入社以来の仕事から、話が始まった。74年の入社であるが、最初はソニーのオリジナル技術であるトリニトロンテレビ
の開発に従事した。その後、液晶ディスプレイ開発に移って、長年にわたってその実用化へ向けた開発努力を行ってきた。その間、VECTRON、カムコーダー、リアプロジェクション・テレビなどさまざまな機器のディスプレイへの応用を進めてきて成果を上げた。だが、液晶の大型テレビへの応用に進むことはできなかった。
 ところが、1998年に突然、有機ELの開発リーダーを命じられた。液晶ビジネスの拡大に全力を投じていたのだが、上司の厳命で不承不承だが引き受けざるを得なかった。液晶のリーダーとの掛け持ちであり猛烈に忙しく、有機EL部門では、イライラのはけ口で怒鳴ることが多くて、部下に反抗されたこともあったという。
ディスプレイが新たな展開を始める中で、ソニーは新たなディスプレイとしては有機ELに力を注ぐ方針を定めて、2000年1月に有機EL開発部を新設し、占部さんは専任になり開発部のリーダーとして全力を注ぐことになった。そこで、今度こそは取り組むディスプレイをテレビに向けようと心に決めた。当時はすでに有機ELの本格的な開発を多くの企業が開始しており、ソニーは開発企業としてまわりに認知されてはいなかった。そこで、アッと驚かす成果を上げたいと、「extroadinary」を目指すのだと、部の全員に檄を飛ばした。
   他社を抜くためには、他とは異なることをなすべきと、画像を出す機構を他社がやっているボトム・エミッションではなく、トップ・エミッションに変えた。これは、性能の面で有利だが、技術的にかなり難しいとされていた方式である。
2000年の春には早くも、ディスプレイの試作に成功した。その試作品で見た花火の映像の美しさに圧倒された。そこで、有機EL技術の素晴らしさと大きな可能性を信じることができた。これまで長年にわたって携わってきた液晶ディスプレイは、当初は画質が極めて悪く、非常に長い年月をかけて徐々に画質を向上させてきたのだが、有機ELは、最初から美しい画面を出すことができたのだ。また、有機ELは、All Solid State Deviceであるのも、大きな利点であると考えることができた。CRTの電子銃、プラズマの放電管などが要らないのである。構造は原理的にシンプルであり、コストなどの優位性があると信じた。
 占部さんは早くディスプレイを作りたいと願ったのだが、そのためには巨額の費用を要する製造装置を入れねばならない。当時の上司である中村末広さんに購入を申し出たが、有機ELにかける気になっていた中村さんは、その工面をどうにかつけた。その代わりに、年内に13インチのディスプレイを作れと難題をだした。そこで、装置メーカーに猛烈にはっぱをかけて納入を急がせ、納入後の立ち上げは二交替制で、一日24時間を立ち上げの作業にかけることにした。これは人事部から無茶なことをすると苦情がくる始末であった。その猛烈な努力で、2000年の12月に開かれた社内の技術交換会に作り上げたディスプレイを出すことができて多くの人に強い関心を抱かせ、翌年の2月には新聞発表をして大いに注目された。2001年には、CEATECでも発表して大きな話題になった。
だが、その後も開発の苦労は続いた。まずは小型のものから実用化の可能性が出て、PDAへの採用が検討されたが、進まなかった。超高級製品であるクリエ・シリーズへの応用は、このシリーズが不振で中止になった。ウォークマンに小さなディスプレイとして採用され、数はかなり出たが、生産量は大きくはなかった。
 そして、ようやく2007年に11型テレビ「XEL-1」をいよいよ市販するまでに漕ぎつけた。期待の有機ELが新しいテレビとして登場してきたのである。この有望とされる革新技術が多くの企業の懸命な開発にもかかわらずなかなか伸びない中で、テレビの実用化は強く注目されることになった。今回の会場には、その市販のテレビを持ち込んで映し出したが、画像の鮮やかさ、美しさには、目を見張るものがある。コストはまだ相当に大きく、希望小売価格は20万円と高いのだが、長期的には先行する液晶やプラズマと戦っていくことができるのだろうと大きな可能性を感じさせた。
 占部さんの強いリーダーシップで困難な革新技術開発に見事に成功したのだが、勝利の方程式を占部さんは次の三つの項目で示した。1)部内では、できる者をリーダーにする、2)協力を願う部門のトップに食い込んで、十分な協力を得る、3)私が本気になる。
占部さんは、まさしく信念の人である。有機ELという革新技術の大いなる可能性を信じ込んで、信じきって、情熱をかけて開発に邁進してきた。その信念が上司を動かし、部下を熱中させて、開発を成功に導いたのである。困難な技術開発において、開発リーダーが強固な信念を持つことがいかに重要であるかを強く認識させられた。

(2008年2月 森谷政規)

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