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コマツ独自の企業価値の創出、プレスをコアに挑む産機事業領域

と   き:2007年8月22日(火)
訪 問 先:コマツ 金沢工場&粟津工場
講   師:取締役 専務執行役員 鈴木康夫 氏
コーディネーター: 相馬和彦氏(元帝人(株)取締役 研究部門長)
 

 平成19年度後半の第一回は、石川県小松市にあるコマツの金沢工場および粟津工場を訪問した。コマツは、アジアや東欧の経済発展による建設機械事業の拡大により、グローバルで積極的な事業発展を行っていることはよく知られている。今回はその中心となっている建設機械事業ではなく、長年赤字続きであった産業機械事業が短期間で再生を遂げた経営の決断およびその具体的経緯を伺う機会に恵まれた。どの企業においても、多かれ少なかれ赤字事業を抱えているものである。新規事業の創出のため、創業初期に健全な赤字事業として容認されている場合はさておき、過去の経緯や長年のしがらみから、抜本的な対応がなされることなく長期に渡って放置されている場合も散見される。今回の鈴木康夫取締役・専務執行役員のご講演では、経営の決断と社員を燃える集団に変貌させることによって、長年の赤字事業を短期間に黒字事業へ再生したことを豊富な実例で示され、訪問者一同大きな感動を与えられたばかりでなく、どんな困難でも決断次第で克服可能であるという明るい希望と勇気も得られた。
最初に訪れた金沢工場は、2007年2月に竣工された大型プレス機専用工場である。後に鈴木康夫取締役・専務執行役員の感動的な講演で詳細が触れられるが、赤字続きであった産業機械事業が再生され、産業用プレス機が拡大へと転換したことを象徴する新鋭工場である。金沢工場では、山田浩二執行役員・産機事業本部長より概要説明を受けた後、工場見学を行った。大型プレス機は製品のサイズ・重量から船舶輸送が有利であるため、隣接地に埠頭・岸壁工事や港の浚渫工事が進行している。プレス機は大きく分けると、上部よりクラウン、スライド、ベッドと三つの主要部品から構成されていて、金沢工場ではスライドとベッドの製造と組み立てを行っている。クラウン部分は小松工場で製造されたものを使用している。金沢工場の運営コンセプトは三つあり、第一は「リードタイムとトータルプロセスコストの削減」、第二は「人と環境に優しい工場」、第三は「工場の見える化」である。第一のコンセプトはプロセス改善、工法改善、物流改善、仕組み改善など諸改善運動で達成を目指しており、具体的にはリードタイム・プロセスタイムを半分にすることによって加工費を大幅削減することである。次に移動した粟津工場では、同社の主力製品である建設機械が製造されている。高橋良定執行役員・生産本部粟津工場長より工場概況の説明を受けた。建機の地域別売上比率は、米国30.6%、欧州19.9%、日本18.0%、アジア・オセアニア14.7%、中近東・アフリカ9.9%、中国6.9%と国外がメインであるが、1921年に小松製作所を創業した竹内明太郎の精神は、「工業技術の革新」、「人材の育成」、「世界への雄飛」であったので、それを今まで遺伝子として受け継いだ結果が出ている。工場従業員は2,800人。自社開発したキーコンポーネントを建機のキーテクノロジーと位置づけ、これらキーコンポーネントは他社への供給を制限し、国内で製造したものを海外工場へ輸出している。小松市周辺には協力企業が400社ほど存在し、立地上のメリットは大きい。ただ輸送に必要な大型の港湾施設がないため、現在金沢港を整備するとともに、プサン経由で輸出している。
 コマツの販売した全建機は、車両遠隔監視システムKOMTRAXに組み込まれており、常時GPSおよび低軌道衛星によって個々の建機の使用位置や運転状態が確認出来る。情報はインターネット経由で本社に集約されているため、地域的な工事の繁忙が一目で分かり、建機市場の将来予想も立てられるようになった。従来製造現場は営業経由で市場動向を得ていたが、直接製造サイドで市場動向がリアルタイムで得られるようになったため、工場の生産計画の早期修正も可能となった。時間の関係から、工場では小型建機A380の組み立て工程を見学した。
 最後に本日のメインテーマである産業機械事業の再生につき、「コマツの概要と産機事業の取り組み」と題した講演を、鈴木康夫取締役・専務執行役員・経営企画室長より伺った。コマツは1921年5月に石川県小松市で創業されて以来、87年目を迎える歴史ある企業である。2007年3月末で連結子会社145社、持分方適用会社42社を数え、連結売上高1兆8933億円、営業利益2,437億円、連結社員数33,771の規模に成長した。事業別の売上比率は、建設・鉱山機械82.8%、産業機械・車両等15.7%、エレクトロニクス1.5%と建機の比重が大きい。1923年に最初のプレス機械を市販したことからも分かるように、産業機械はコマツでは歴史のある事業であり、産機全体の売上も1,000億円を越える規模ではあったが、中小型機をコマツ産機、大型をコマツと分けていたこともあり、トップの注目は低かった。
 大型プレス、工機事業が好調と言う割には産機全体で利益が上がらないことに疑問を持った当時の社長が、1998年8月にコンサルタントに原因分析を依頼したことがそもそもの発端である。当時のコマツ産機は国内営業・サービスの会社であったため、実体が分かりにくかった。10月から2ヶ月程かけて事業内容および競業状態を分析した結果、問題点が山積していることが分かり、ここまでひどいのであれば、いっそのこと事業から撤退するか、あるいは本気で取り組んで再生するかの二つの選択しかないことが判明した。そこで98年12月に鈴木康夫氏をリーダーとするタスクフォース(TF)が結成され、問題点の徹底究明とそれに基づいた再生計画の立案を行うことになった。鈴木リーダーの進め方としては、まず強烈な現状反省を行い、その反省をベースとした改革シナリオの立案を目指した。
 なぜ駄目になったかを反省して明らかになった問題点は以下のとおりである。①開発の進め方と戦略性。技術開発のタイミングが常に遅れ、営業と開発が責任の擦り付け合いでバラバラとなっている。②営業の戦略展開能力。営業が商談そのものに最初から参加しておらず、また戦略的に重要な顧客へのアプローチをしていない。③組織のベクトル。組織が複雑過ぎ、顧客に対する「商売の基本サイクル」が回り難い壁が存在する。④マネジメントの全体戦略。商品の集中と選択がなされておらず、営業戦力も分散している。
 徹底的な原因分析により問題点が具体的かつ明確になったので、次にその反省に基づいた事業再生のための改革シナリオを作成した。シナリオを作成する上で特に留意したポイントは以下の3つである。①改革には戦略・業務プロセスと同時に社員のマインド高揚が不可欠。勝ち組になる戦略を立て、全体最適化のための業務プロセスを作成し、社員全体が燃える集団としてそれを実行するために、その決意を気骨ある人事で示す必要がある。改革の伝道者となる気骨ある人材を、鍵となるポジションに任命する。②商売の基本サイクルが回り易い組織へ変換。具体的には、KBU体制による俊敏な組織(開発・生産・営業の一気通貫)と開発と営業が戦略連携出来る組織への改革。③事業戦略。商品の選択と集中、特定セグメントでのNo.1達成。この時PPM、SWOT、戦略マップなどのツールを使って客観性を持たせるとともに、特定セグメントでまずトライし、旨くいったら全体に拡大する工夫を行った。
 この改革案は99年4月に経営会議に上程して承認されたので、実行に移されることになった。ただし、再生までの期間は2年間に限定され、かつその間の借入金の上限も設定されたため、鈴木氏をリーダーとするTFは背水の陣で臨むことになった。新体制ではまず社員、協力企業、代理店を全国行脚で回り、TFシナリオを理解して貰うことおよび危機感の共有を目指した。次いで改革の成功に決定的な影響を及ぼす新体制の人事発令を行った。発令では若手事業部長を登用し、新風を吹き込むことと突破力を期待した。99年7月に小松市のホテルで全体集会を開いて新体制が正式に発足したが、新体制の効果は直ちに業績の急回復となって顕在化し、99年12月には受注時損益が単月度で黒字化した。翌2000年には9年ぶりの年間黒字化となったのを皮切りに、その後は2006年度まで7年連続で増収増益を重ねている。開発機種は当初の3種から31種へ増加し、開発リード期間は当初の24~33ヶ月から4~8ヶ月へと短縮した。事業改革も第一ステップは「危機感共有による社員の頑張り」であったが、その後第二ステップは「プロセス改革の定着、ユーザーの変革認知度up、新製品続々誕生」、第三ステップは「ダントツ商品の系列拡大と市場席巻、周辺事業との相乗効果」へと改革自体も更に進化した。受注金額シェアが99年度の12.8%から06年度の33.0%へと著しい進歩を遂げていることは、今回の事業改革が単に一時的なものではなく、組織に根付いた根本的かつ永続的なものであったことが理解出来る。
 それを示すもう一つの事例が、小型・中型プレス機を本業とするコマツ産機の事業改革が軌道に乗った後、鈴木氏が02年4月に産機事業本部長として手掛けた大型プレス事業の改革である。大型プレスは産機事業本部としてコマツ本体で行われていたが、産機事業本部長として就任後ほんとうにこれで大丈夫なのかという危機感を持ち、02年9月にタスクフォースを発足させ、まず現状認識を行った。その結果、機械では赤字なのをサービスで儲けていること、需要が落ち込んでいる中でシェアを落としていること、しかも対象市場そのものが変質しているのにそれに対応出来ていない事が判明した。更に開発、営業、調達・生産、組織・マネジメントそれぞれの問題点を掘り下げると、かつてのコマツ産機と全く同じ問題点を抱えていることが明確となった。そこでコマツ産機と同様に、問題点の徹底的分析とそれもベースにした改革シナリオの作成を開始した。まず02年~04年は選択と集中、固定費削減を実行して黒字体質に変換し、05年からは「ダントツ商品」の開発による差別化戦略を実行した。プレス機ではユーザーであるダイハツから、タンデムラインレベルの生産性を要求され、それに応えるべく大型サーボプレス、サーボクッションの開発を行い、メカプレス対比で生産性2倍を達成した。同時に消費電力40%減、全体容積50%減が可能となり、かつ成型データのデジタル化も達成出来た。またタンデムプレスと同様なフレキシビリティを有するH*TLも開発出来た。
大型プレス機の製造のため金沢工場が新設されたが、目的は大型プレス機の生産能力向上以外にも、板金~出荷まで一貫生産することによるコスト削減、重量物輸送の効率化(隣接地に埠頭、岸壁が工事中)を目指していて、07年度で90億円のプレス機を出荷する計画である。
コマツ本体の大型プレス事業は事業改革の始まった翌年03年には黒字転換し、その後も利益は順調に拡大しており、コマツ産機と同様に大幅な事業改革、意識改革がなされ、過去お荷物であった産機事業がコマツ全社の業績に貢献するまで見事に再生を果たした。
時宜に適った経営戦略、それに沿った適切な組織、実行する燃える社員、それを可能とする公平な人事を行うことが出来れば、永続的発展が可能な事業に変革出来ることをこれほど具体的かつ詳細に聞くことが出来たことは、企業人にとってまことに幸運であったと言わざるを得ない。しかしこのことは言うは易く、行うに難いことは万人が認めることである。さまざまな抵抗や困難を克服しながら社員を一丸に纏め、それを可能にしてきた鈴木取締役の卓越したリーダーシップには、尊敬の念を禁じえない。限られた時間内で十分にお聞きできなかった点もままあったが、それはまた次の機会の楽しみとして残された思いである。(文責 相馬和彦)

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