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伊勢神宮と式年遷宮

と き:2007年7月6日~7日
ご挨拶:伊勢神宮大宮司 鷹司尚武氏
ご講演: 同 前大宮司 北白川道久氏 他
コーディネーター:LCA大学院大学 副学長 森谷正規氏
 

 「21世紀フォーラム」の第4回は、二日間にわたっての伊勢神宮への訪問であった。ところで、私たちは普通伊勢神宮というが、正式にはただの“神宮”である。つまり、ここ伊勢の神宮は日本にある神宮すべての本家なのである。そして“神宮”は、式年遷宮を行うことで知られている。20年を経ると、正殿をはじめ御垣内の建物すべてを新造し、宇治橋の架け替え、又は大修理、さらには神々の御装束や神宝を新調して、ご神体を新宮へお遷しするのだが、それによって技能、技芸、精神、文化全般の伝承が可能になる。この1300年にもわたって続けられて来た伝承こそが、私たちが大いに学ぶ面である。第62回目の遷宮が行われるのが6年後の平成25年。今そのための準備が進められている。
   初日は、梅雨の合間の青空の下で、清澄な水が流れる五十鈴川にかかる宇治橋を渡って内宮(皇大神宮)に参詣した。 ここには天照大神が祭られていて、御垣の最も中心を内院と呼び、天皇が参拝されるときとお祭りのとき以外入ることの許されない聖域となっている。ここに唯一神明造りの正殿が南面して立ち、その後方に正殿と同じ神明造りの東宝殿と西方殿がそれぞれ南面して立っている。正殿の萱葺きの屋根には鰹木が10本並び、東西の両端に千木(ちぎ)が聳え、その先端は水平に切られている。この屋根を東西の両側から支えているのが棟持柱、正殿は檜の白木と丸柱を直接地中に埋め込んだ掘ったて式の建物である。
   敷き詰められた玉砂利を踏んで歩く参道の両側には、樹齢が千年を越えるであろう巨木が続いて、自ずから敬虔な気持ちになる。内宮では、神主に導かれて境内に入って二礼、二拍、一礼を捧げた。まったく同じ大きさの今は何もない敷地が隣接していて、遷宮を可能にする独特の配置になっているのに、なるほどと思う。
 その後、神宮徴古館(式年遷宮で撤下された御装束神宝をはじめ、神宮の歴史を物語る資料・工芸品が展示されている博物館)に移動して、北白川道久前大宮司(写真:左)と鷹司尚武新大宮司(写真:下)お二方から望外のご鄭重なお出迎えをいただいた。鷹司尚武新大宮司のご挨拶の後、北白川道久前大宮司から遷宮に関しての歴史的なお話をいただいた。偶然にも、つい4日前に大宮司の交代があったのだ。この度就任された新大宮司はNECに長年勤務され、通信部門で働いておられたとのことであり、意外にも思えたが、“神宮”が身近になった気がする。因みに、北白川前大宮司は東芝に勤務されていた。企業にあって“ものつくり”に関わった方々が“神宮”の大宮司になられるのであり、これも日本の特色であるかのように思う。

 遷宮は、神道の精神として常に新しく清浄であることを求めて(常若-とこわか)、神の生命力を蘇らせるために行うものであり、それが20年と定められたのは、建物の清浄さを保つ限度が20年、建て替えの技術の伝承ができるのが、当時の寿命から見て20年、などのいくつかの理由があるとのことであった。 式年遷宮の具体的なお話は、造営と神宝装束のお二人の専門の神官の方からお伺いすることができた。遷宮には1万本以上の檜材を用いて、十年に及ぶ周到な準備がなされ、しかもその檜の主要部材は神宮自身が長い年月と心身込めて自ら育林して来たものであることには感嘆する。式年遷宮に至る間には30にも及ぶ祭礼が執り行われ、今はお木曳の行事の時であって、街にそれを祝うのぼりが各所に掲げられていた。建て替えに際しては、巨大な主柱を建てるのにいまもクレーンなどは一切用いず、古来の手法を用いるとのことであり、古人の技術の素晴らしさを伺い知ることができる。また神宝装束では、714種1576点もの神に捧げる品々をすべて新調するとのことに驚嘆する。その主なものを徴古館で拝見することが出来たが、それぞれが見事な工芸品である。まったく同じものに作るのだが、まさしく技術、技能が伝承されている。
 二日目には、小雨の中を御塩を作る塩田の御塩浜と御塩焼所を案内していただき、さらに遷宮用材木の加工を行う山田工作所を見学する。その加工場の規模、加工されている材木の大きさと量の多さに圧倒される。これはじつに巨大なプロジェクトと言える.。
この式年遷宮は、内宮、外宮が中心であるが、“神宮”の傘下にある120ものお社のすべてにおいて行うのであるから、スケールが大きいのも当然である。その材木は、木曽檜を調達するのだが、最近はすべてを木曽で賄う訳にはいかず、“神宮”周辺の山において植栽をしている。それは大正の末期に始まったのだが、今は間伐材などで、二割ほどを自らの檜にできているという。
        
   外宮の参詣が最後であったが、幸いにも朝からの雨が止んで、二礼、二拍、一礼を心置きなく済ませることができた。外宮は豊受大神宮を祭っているのだが、天照大神のお食事をつかさどる神であり、産業の神でもあるので、有り難さを強く覚える。正殿の造りは内宮と同じく唯一神明造りであるが、鰹木が9本と内宮より1本少なく、千木の先端は垂直に切られていて、微妙に内宮と違う。
 短い旅であったが、日本の伝統の深さを十分に知ることができた二日であった。

(森谷正規)

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